2009年08月14日

公明党市議に聞いたこと vol.3

更に、Kさんからはこんな発言も飛び出した。
「人は初めから差別されて生まれてくるでしょう?」
「はぁ!?」(←私の反応)

この人の頭の中は一体どうなっているのだろうか??

どうやら、「人は違いをもって生まれてくる」と仰りたかった様なのだが、
「『差別』ですか?『違い』ですか?」と確認すると、
「どっちでもいいのよ。同じことだから。」と言う。
「『差別』と『違い』は同じなんですか!?」と尋ねると、
「いや、そりゃ一緒ではないよ。」と言う。

こんなやり取りで、市民相談を受けて大丈夫なのだろうか?
私が心配する事でもないが。

人が持って生まれるものは、全て違う。私は、それが人のアイデンティティ(個性)というものだろうと思う。
しかし、人が持って生まれた差別(Kさんによると、容姿や病気、身体的困難、経済状況等々)を、
「あなたは恵まれているから分からないのよ。」とKさんは言う。
確かに、私は恵まれていると思う。その事に感謝している。
だからと言って、人の困難を「理解できない」と決め付けるのは止めて頂きたい。

人間には、人の苦しみ・哀しみに同調し、それを理解する能力がある。
このブログの一番最初の記事に書いた事だが、「人の苦しみや悲しみがどんなものであるかを想像し、それに共感することで生まれるのが、思いやりの心」なのだ。

もちろん、私が完璧に人の苦しみや悲しみを理解できているとは言わない。むしろ、気付いていない事の方が多いと思っている。

私が、Kさんの言うことに悉く反対意見を述べるので、Kさんも快くは思っておられなかったはずだ。
学会員の方は、最終的に同じ事を言う。
「そうやってインターネットで細かく調べ上げて批判する前に、あなたも題目を唱えてみなさい。1ヶ月後には必ず幸せになってるから。」

全く同じセリフをお返ししたい。
「そうやって、日蓮大聖人の教えじゃないと絶対に幸せになれないと決め付ける前に、創価の活動やめて非学会員の声に耳を傾けてみなさい。1ヶ月後には、宿命転換できてるから。」

Kさんは、更にこう言われた。
「そうよ。あなたも結婚して、子供を育てて、家庭を持って生活すれば、(創価の)幸せの意味が分かる様になるわ。
今のあなたには、分からへんわ。絶対に!!!」

なるほど。創価の幸せとはそういうものなのか。
ならば、私にはまさしく、絶対に、その幸せは理解できない。
子供を産み育てることを望んだ時もあった。でも、願いはいつも叶うわけじゃない。望んでも、どうし様もない事もあるのだ。
心の傷に触れられた悔しさに、思わず、涙がこみ上げてきた。


わざわざ公明党市議に会いに行くからには、もっと公明党の政策、マニフェストについて伺いたかったのだが、国籍法、北朝鮮政策、その他マニフェストに記載されている問題視されるべき法案については、あまりご存知ではない様だった。
その辺りの事は、また次の機会に触れようと思う。


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2009年08月13日

公明党市議に聞いたこと vol.2

続いて、「十界論」について。

Kさんからも説明があったが、より正確に、手元にある「折伏教典」(昭和39年版 P40〜42)から抜粋しておく。

1)地獄:子供に死なれる、借金に悩む等の煩悶、懊悩(おうのう)するその苦しみを心に感じ、肉体および生活に現ずること
2)餓鬼:欲に支配された貪りの状態、満足を知らない生命
3)畜生:強い者を恐れ、弱いものをあなどる、イヌ・ネコ同様の生命に支配されること
4)修羅:心が曲がっているため、すぐにカッとなり、腹立ちの状態にみちているとき

以上が四悪道といって、これに支配されている生活には、絶対に幸せはない。

5)人界:平らかな生命の状態
6)天界:願いが叶ったときに有頂天に喜ぶ状態
7)声聞:ある理論をつかみ、理解がでてくる時に喜びを感じ、その思想をもって人生観とする状態。インテリ階級。
8)縁覚:名人じょうずの心境等。一分の理を縁によって悟った者。
9)菩薩:自分の徳性を発揮して、社会のために尽くす働きを、心や肉体に表したとき。
10)われわれが信心し、折伏をするのは、永遠の生命観を証得し、ゆるがぬ幸福生活を実現することが目的であり、この状態を仏という。

よく問題視される十界論は、初刊の折伏教典(昭和26年発刊 P42〜44)のもので、以下の通り。

1)地獄不具者、病者、狂人、ルンペン、邪宗教の坊主及び信者
2)餓鬼下級労働者、衣類住居まではとても手が届かず、毎日毎日の生活が食を得る為に働いているような人々。アルコール患者。拝金主義者。性格異常者。
3)畜生:パンパン、不良、泥棒、スリ、その他犯罪者。
4)修羅:兵隊、警官、拳闘家、将棋、碁を職業とするような、人と争う人間。
5)人界:普通平凡に生活している市井人。
6)天界:大金持、元の皇族、貴族、一国を動かしている大政治家、経済家、偉大な軍人等々。
7)声聞:学者、研究家、学生等。
8)縁覚:大作曲家、音楽家、芸能上で一芸の奥義に達した者、何かの研究を完成した学者等。
9)菩薩:二宮尊徳の如く広く社会を利益した者。偉大な発明発見 により広く社会を利益した者。仏法を広め、衆生に救を与えた人々。
10)日蓮大聖人(御本仏)、釈迦(迹仏すなわち影の仏)、天台(迹仏)、伝教大師(迹仏)等


Kさんには、ネットサイトにある後者の説明をお見せしたところ、
「私の説明と殆ど一緒ね。」と、PC画面を見て頷いておられた。

私は、動物が大好きなので、動物を軽視した「畜生」の説明には、かなりムカッときていたのだが、
「犬猫の動物は、人間以下ということですか?」と尋ねると、
「もちろんですよ。だから、犬も猫も人間に従うでしょう?」と返ってきた。
Kさんは、動物を愛したことがないのかもしれない。
思い遣りの心も、人間にしかないのだと言う。
創価学会にいると、こんな悲しい人格になってしまうのか。

私は、人間など足元にも及ばない、動物達の生命の清らかさを知っている。
共に暮らした犬の、私達家族に対する思い遣り、愛情を知っている。
17年間私達に寄り添ってくれた愛犬は、最期に、家族の帰りを待っていたかの様に皆の気配を感じると、それから安堵の深い息をつき、静かに永眠した。
Kさんの様な人には、縁のない話だろう。

(参考)Wikipedia 十界

(vol.3へ続く)


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公明党市議に聞いたこと

昨日、某市の公明党市議会議員Kさんにお会いした。

Kさんの発言をノートに書き留めて帰ってきたので、いくつか紹介させて頂く。私は記憶力は人並みにある方だし、昨日の事でもあるので、ほぼ正確にお伝えできると思う。

まずは、「内道⇔外道」について。
Kさん曰く、「仏教以外の宗教は全て『外道』であり、仏教以下である。」
Kさんが辞書を引いて調べてくださったところによると、「外道」とは「仏教以外の思想・宗教。或いは、異端宗、誤った教え、邪道」の意味。
Kさんはこれを声に出して読み上げ納得しておられたが、要するに、「仏教以外の宗教は全て外道(=誤った教え)であり、仏教以下である」となる。

では、なぜ仏教以外の宗教が「外道(=誤った教え)」なのかと言うと、それは「生命の尊厳」を説いていないから。
ここで言う「生命の尊厳」とは「輪廻」のこと。
つまり「輪廻を説いていない宗教は、生命の尊厳に触れておらず、よって外道(=誤った教え)」となる。
えらく一方的な解釈だが、これは創価学会独自の考え方ではなく、仏教思想なのだと、Kさんは言う。

しかし、Wikipediaを見ると、こうある。
「元来外道とは、仏教以外の教え、または自由思想家たちや異教の思想一般を指して言った。転じて、異論邪説を唱える人たちを貶めていうようになった。」
これを読む限り、Kさんの解説を信じて「仏教以外は外道(=誤った教え)」を仏教思想と捉えて良いのかどうか、疑問が生じる。が、正直よく分からない。
なので、後日、お坊さんに尋ねてみることにする。

さて、今私は「お坊さん」と書いたが、創価学会では僧侶の事を、憎憎しげに「坊主」と蔑んだ呼び方をする。
これは、私も会合で何度となく耳にしているが、Kさんに「なぜ普通に僧侶と呼べないのか?」と尋ねた。
私は、言葉遣いに関しては殊更厳しく育てられたので、「坊主」に限らず、会合や聖教新聞上での悪口雑言は酷く耳障りで、聞くに堪えない、と申し上げた。

Kさんは、さすがに「坊主」とは言えず、「坊さん」と言っておられたが、創価学会が僧侶を攻撃するのは、僧侶が宗教を金儲けの道具にしているからだ、と言う。
そのいい例が「戒名」で、葬儀をあげて戒名を頂くには多額のお金を払わねばならない。また、それ以外にも、僧侶は檀家からお布施を巻き上げ金儲けしている。
これが、創価学会が僧侶(ほぼ大石寺の僧侶ではあるが)を攻撃する理由なのだと言う。

しかし、戒名を含めた葬儀代や菩提寺へのお供養は、何も強要されているものではない。
家族や先祖の霊を偲び、日々お勤めしてくださる僧侶・菩提寺への感謝の気持ち(慣習になっている部分もないとは言わないが)と捉えて良いのではないだろうか。
創価学会の財務に、学会員は皆声を揃えて言うではないか。
「私たちは自発的に、望んでやっている。」と。

Kさんも認めておられたが、その自主的な財務のお蔭で、創価学会には莫大な財産がある。
日本にあるお寺の中で、創価学会ほど多額のお布施を集めているところは、まずないだろう。
それどころか、お寺の維持に四苦八苦しておられる方も、少なくないと思う。
自分たちの事を棚に上げて、よくもまぁ「坊主の金儲け」などという中傷が平気で言えるものだ。
私には理解し難い神経であり、思考回路である。

余談になるが、Kさん曰く、財務は全て創価学会の組織に入り、池田サンは財務からは一銭ももらう事なく、ごく「普通の家」で簡素に暮らしておられるそうだ。
私が、「池田サンの納税額をご存知ですか?」と尋ねると、
Kさん、「え!?そんな事知らないけど・・・。まぁまぁ、本も書いておられるからねぇ。」
私は重ねて、「池田サンの本を買うのは、学会員くらいですよね。」
Kさん、「まぁ、そうだろうけど。」
ちなみに、池田サンの納税額は、2004年度で1億2895万円。
これで「普通の暮らし」と言うのだから、聞いて呆れる。


僧侶に話を戻すが、Kさんが唐突に聞いてこられた。
「あなた、坊さんを自分と同じ人間だと思う!?」
私は思わず即答。「当たり前です!」
例えば、僧侶の方々は、仏門に秀でておられる。お医者様は医学に、弁護士さんは法学に、それぞれの分野で優れた方々を、ある意味尊敬し一目置くという感情をもって、それほど仰々しく騒ぎ立てる必要があるのか?
それよりも、人間に優劣をつけるその思想はどこから生まれてきたのか。見境なく僧侶を攻撃する前に、その事を問題視された方が良いのではないかと思う。

(vol.2へつづく)


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2009年08月11日

池田語録は好き?嫌い?




先日聞いた「第31回本部幹部会」での池田氏のスピーチを紹介する。
投票箱を設置してみたので、ご協力ください。

以下、池田氏スピーチより(青字は私の感想)
------------------------------------------------------------------------------------
ブラジルの大文豪アマード先生〈ジョルジエ・アマード)は、こう叫んだ。
「この世において永遠なるもの、それは一体何か。民衆である」
という有名な確信を述べられた。
この一言は、私の青春時代に読んで、心の奥底に深く入りました。
どんな権力者も、どんな大富豪も、どんな有名人も、時の流れとともに、みんな消え去ってしまうもの。(←ちゃんと分かってるのね。) これがあるのです。宇宙の・・・。

永遠に勝ち栄えゆく生命の王者、一体それは誰か?
それは、正義の信念のために戦う民衆だけであります。まさしく、我々、諸君。これが、本当の正義の勝利者であります。(←あくまで「自称」ですよ。)<拍手喝采>
(中略)
ここにおられる、アマラウ総長閣下(←閣下!?まぁ、今回称号をもらったホンドニア連邦大学の総長ですもんね。)は、地球の宝アマゾンを守る大地理学者です。
牧口先生も大地理学者であり、日本では有名(←そうなの?)でありました。
先ほど、(---聞き取れない---)、あぁ牧口先生がおられれば、どんなに喜んだか。こう、私は胸が熱くなりました。
アマゾンの守り人こそ、全地球の守り人なり。私達は、最大に感謝申し上げたいのであります。<拍手喝采>

総長と同じく地理学者であった先師・牧口先生は、既に100年前、人類と地球環境の共生を提唱し、アマゾンの重要性を深く鋭く見つめておられました。
今年は、この牧口先生の平和と正義の殉教から65年。
軍部の権力に殺されました。(←獄死だったから?)

私が、本日このように貴大学から栄誉を拝受したことを、牧口先生も、どれほどに喜んでおられるか。
これこそ弟子として最高の誉れであります。総長閣下、本日は、まことにまことに、ありがとうございました。<拍手喝采>

19世紀の末から、アマゾンの奥地に分け入って、広大なブラジルを結ぶ電気通信のネットワーク、これを完成させた。
民衆の幸福と繁栄に人生を捧げた人道の大勝利者こそ、貴大学の名前に厳然と留められているホンドン先生であることも、よく存知上げております。(←でも、アマラウ総長には「池田氏を知らなかった」と言われちゃいましたね。)
未知なるアマゾンヘの「電気通信」の開設。それは、誰もが絶対に不可能であると思っていた、至難の大事業であったことを、ホンドン先生は、(---聞き取れない---)。

勝利の要諦を3点挙げるならば、第1に「師弟の道」(←でた〜!)を勇敢に突き進むことです。
このホンドン先生は、困難であればあるほど、師匠と仰ぐ共和制の父・コンスタン先生の教えを、いつもいつも心に響かせて、自分で自分を勇気をつけながら戦った。
そして社会のために、人々のため、未来のため、一歩も引かず、わが師匠の夢を実現していった。
だから強かった。だから負けなかったのであります。(←自分自身の夢だからこそ実現できたのでしょう?ホンドン氏に失礼だと思いますけど。)

勝利の第2の要諦は、「団結の道」これを聡明に貫き通すことであります。
ホンドン先生には、苦楽を共にする同志が多くいた。その固い結合は「使命を自覚する学校」と呼ばれ、皆から慕われた。
先頭に立つ先生は、疲れを見せず、弱音を吐かず、誇り高き使命の盟友たちを、毅然と励ましながら、皆の獅子奮迅の力を引き出し、結集していったのであります。

いかなる戦いでも、団結したほうが絶対に勝つのだ。**の叫びであります。その通り。やろうな!(返事:ハイ!!!)(←結局、学会の勝利にこじつける。)

勝利の第3の要諦は「対話の道」これを忍耐強く広げ続けることである。
ホンドン先生たちは、地元で暮らす先住民を徹底して大事にされた。地道な対話を誠実に重ねながら、大胆に友好を広げた。
最も苦労している人々を(---聞き取れない---)、がっちり心をつかんで味方にした。故に勝ちました。
学会もそうだな!(返事:ハイ!!!)(←創価はぜんぜん心掴めてません。嫌われてます。自覚して下さい。)
そして、その大英雄の精神を脈々と継承される人間主義の大人材城こそが貴大学なのであります。<拍手喝采>

私も、青年時代に愛する関西の友と、「まさかが実現」と謳われる民衆の大勝利の金字塔を堂々と打ち立てて参りました。(←選挙法違反で逮捕された時に、信者を見捨てて自分だけ釈放された事件ですね。)
そういう人生を生きようね。(返事:ハイ!!!)

この大金星を輝かせた、その原動力は一体何か。
「師弟の道」「団結の道」「対話の道」これを最後まで祈り抜き、走り切ったからであります。
この事実こそ、永遠の勝利の大道であることを、諸君は知っていただきたい。(返事:ハイ!!!)
------------------------------------------------------------------------------------

まだまだ続くが、これで十分と思われるので・・・。
原稿らしきものが掲載されているサイトを見つけたので(「SGI会長のスピーチ」の部分)、私が実際に聞き取ったものと見比べてみても面白いと思う。


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2009年07月27日

創価男子部の会合

創価学会の男子部がわんさか集まる会合を見てきた。
以前、学会員のAさんが「体育会系」と言っていたが、ちょっと違う。
何というか、イッちゃってる人がかなり多い様にお見受けした。

そもそも、会場に入って絶叫が聞こえてきたところから、思わず爆笑。
広宣流布してるかぁーーー!!??
(とか何とか、誰かが叫ぶと)
ウォォォーーー!!!!! 
(と満場一致で叫び返す)

そういう絶叫を、何度か繰り返す。
続いて、学会歌。
前で扇子(かな?)を振り回して音頭を取っている男子部員の姿に、申し訳ないがまたもや爆笑。

フツーの女の子が見たら、間違いなく引く。(フツーの男性も引く)

思うに、実生活では、実は大人しいタイプの人が多いのではないだろうか。
自分に無理を強いる事では、自分自身を本当の意味で良い方向に変える(創価で言う「人間革命」)事はできない。
無理を重ねて己の弱さに向き合えない人は、とても脆いと思う。
そういう人が少なからずいるのではないだろうか、ふとそう思った。

会合の内容は、地区幹部らしき人のスピーチと、数名の男子部員の活動報告。
私は会場の後ろに座り込み、周りの人に聞こえる様に声に出してアレコレ突っ込みを入れながらメモを取っていたのだが、誰も相手にしてくれなかった。
アブナイ女と思われたのかもしれない・・・。

以下、幹部のスピーチと活動報告から聞き取ったものを羅列するが、宗教団体の会合でありながら「選挙」の事しか話していなかったと証言する。
非課税で立てられた「宗教活動」の為の施設で、「特定政党の為の選挙活動(政治活動)」が堂々と行われている。
果たして、創価学会に宗教法人格を与える必要があるのか。それ以前に、彼らに宗教法人たる資格があるのか。

議論されるべき重要な問題ではないだろうか。

-------以下、会合からの聞き取り(ついでに私の突っ込みも)-------

-関西が闘って負けるわけがない。
-池田先生の熱い熱い思いに関西男子部はお応えしたい。
-池田先生から「我が直弟子」という言葉を贈って頂いた。
-東京都議選は、民主党やったらアホでも通る状況だった。
(→なんちゅう失礼な事を言うねん、負け惜しみ丸出し)
-こんな厳しい闘いは今までになかった。この闘いに勝てるのは関西しかない。
-逆風の選挙で、歴史に残る勝利になる。
-今まで頼んでいた人だけでは足りない。苦手なところに当たれるかどうかが勝敗の分け目。
(→人迷惑も考えようね)
-富士宮は大石寺が強いが、大石寺、日顕宗ね、の前で「悪しき権力と闘う」と街頭演説を行ったこともある。苦手なところを強く攻めることが大切。
(→ただの嫌がらせやん。日蓮正宗と言いましょう)
-逆風の時やからこそ、強気で話さなあかん。要は強気。
(→友達失うよ)
-自民か民主どちらかを選ぶのは、カレー味のウンコか、ウンコ味のカレーかの違い。
(→下品、名誉毀損にも程がある、もう少しマシな批判をして。10年間にも渡って自民党と連立を組んでいる理由は?与党にしがみ付く為?政権の為!?)
-信心で勝つ。師弟で勝つ。
-婦人部がオバマ(呼び捨て)に「南妙法蓮華経」と言うと、オバマが「ナンミョウホウレンゲキョウ?」と聞き返した。婦人部はオバマに「南妙法蓮華経」と言わせることができた。
(→その喜びが、理解不能)
-宿命転換が創価の闘いの動力の原点
-学会の為に勝つ
(→おいおい、学会の為なんかい!?)
-先生の仰る通りに闘えば、こんなすごい力が出るという事を証明する。
(→自分のアタマで考えようね)
-個人の宿命転換をかけ、Fを取り付け、ナントカカントカ・・・
-マル共(共産党のこと)
-職場のみんなと対話し、Fを獲得した。
(→職場では仕事をしましょう)
-職場の上司に「無理やり選挙活動やらされてるねんな」と言われてキレた。後で上司に謝られた。
(→アンタは謝らんでいいと思ってるのかい?)
-電話作戦、友達訪問
(→迷惑かけている事に気付いて)
-仏敵を叩き潰します。
(→まるで仏教徒みたいな言い方しないで〜。仏敵は己だと言う事を知れ。『釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない』折伏経典より)

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2009年07月26日

7月の同時中継

全国男子青年部長のスピーチ。

聞き逃し、聞き違えもあると思うが、概要は掴めると思う。
この様な内容で、5-6分間絶叫し続ける。
一般人が見れば相当ひくと思われるが、学会人は揃って感激、拍手喝采。
どちらが「正常な感覚」の持ち主なのだろうか??

-----以下、全国男子青年部長スピーチ(聞き取り)-----

本年ちょうど750年目となる7月16日、39歳の日蓮大聖人は立正安国論を時の最高権力者に提出。権力と魔性との闘争宣言をされました。
大聖人は、国という文字を国構えに民と書かれ、国にとって一番大切なのは、民衆であると謳われた。大聖人のご精神のままに闘う学会は、この民衆本位の哲学を社会に実現する為の団体であります。

戸田先生は、「社会の不幸に目を瞑って宗教の世界に没頭し、淡々とただ題目を唱えているだけでは大聖人の立正安国の精神に反している」と語られたとおり、池田門下(?)の青年は、立正安国の精神を断じて決意、地域社会の繁栄の為に身を投げ打って行動する、そして政治にも堂々と参加をして参りたい。

今日の様な、**の荒廃、景気の低迷、外交問題等、待ったなしの難問が山積、しかし国会では政局に明け暮れ、ゴタゴタ、バタバタ。「政権交代さえすれば何とかなる」かの様な暗示をかけ続けている。
要するに、自分の議席本位であり、政権本位にしか見えない。私利私欲や、**哲学も信念のない政治家に、民衆本位の解散など絶対にできない。また***を勝たせる訳にはいかない。
これは青年の真実の叫びです。
混迷を極める時だからこそ、高齢化大衆の為にも立法(?)精神を***、国民の目を覚まさせるのが戦いの展開(?)、民衆本位の政党、今こそ実現してまいりたい。
こう思いますが皆さん如何でしょうかー!!(ウォー!!叫びと拍手喝采)

いよいよ天下分け目の総選挙。国の未来を決める総選挙で、有権者は一時の風やブームに乗せられては判断を誤る。本当に国民の為に働き、実績を積み上げてきたのは、一体どの党か。冷静に鋭く見極めなければなりません。
それに政治と金の問題。民主党は民主党で、小沢前代表には巨額の企業献金事件、鳩山現代表には悪質な偽装献金が2代続けて問題が噴出。自民党も自民党。国民から見れば、自民も民主も大同小異で、どっちもどっち。国民不在で、政局争いに血眼。国民の怒りは頂点に達しております。

一方、公明党には、結党以来、一貫して政治腐敗と戦ってきた実績があります。同志社女子大学の大竹英雄教授が月刊誌『潮』の8月号に「公明党だけが一環して自分達のスタンスを維持してきた。それは一つに、スキャンダル(?)に対する清潔さであり、もう一つは生活者の視点である。だからこそ公明党は政治と金の問題にも率先して取り組むことができた。」と高く評価している通りです。
16日付の公明新聞に詳しく掲載されています公明党の重点政策を見ると、清潔政治の実現に向けて、天下りの根絶の他、政治資金規正法の制裁強化を図るべき。一般社会でも、社員の不祥事の責任は上司がとる。ましてや8割が虚偽だった終始報告書を提出し、秘書だけの責任で終わらせようなど全くの論外。感覚が完全に狂っております

そこで公明党は、政治資金規正法の制裁を強化し、不正を行った議員の公民権を停止、不正議員は政界から退場すべきだと訴えている。今まで議員が悪いことをしても、秘書に責任を全て押し付け逃げられてきた。しかしこの政策では、秘書などの会計責任者が虚偽記載等の違法行為を行えば議員の単独責任を問い、公民権を停止し、政界から追放しようというもの。政治と金の問題は、もううんざりだ。
与野党問わず、政界浄化の為に是非ともやるべき。
こう思いますが皆さん如何でしょうかー!!(ウォー!!叫びと拍手喝采)

ともかく公明党は、政治改革、政治家改革の先頭に立ち、「どっちもどっち、だから今こそ公明党」と、**と民衆の期待が集まる様、**な戦いを展開してまいりたい。

先日、池田先生は随筆で綴って下さいました。「青年が躍動する学会、青年が継承(?)する学会、青年が団結する学会、そして青年の偉大な力で、断固勝つ学会」**は、この師匠の**の通り、池田先生の様な奮闘に激励(?)を見た青年が公宣流布の全責任を担い、いよいよ***。今こそ池田門下の底力を***に示す時であります。

さあ、連続勝利へ、短期決戦、青年部は先頭に立ち、一度も退く心なしと、獅子王の心で総攻撃を展開し、完勝の金字塔を断固打ち立てようではありませんか。
男子青年部の皆さん、闘おうー!!!(ウォー!!叫びと拍手喝采)

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2009年04月02日

学会役員サンに会う (3)

昨日、Aさんに、長時間お付き合い頂いたお礼のメールを送った。
お礼にかこつけて、こんな事を書いた。

 最終的には【まる】(彼)個人の責任ですが、彼の様な人間は、
 学会にとって、ある意味いい駒なのでしょうね。
 Aさんにとっても、実際問題そうなのかもしれない、と思います。

Aさんに「彼を利用していないか?」と、今一度問いかけたつもりだ。

Aさんの返信には

 言葉ではなく、行動として正しいのかどうか、
 常に問いながら進んで行きたいと思います。

と書かれてあった。

どんなに小さな声でもいいと思う。
変わろうとする強い意志は、必ず組織の中に根付いていくと思う。
巨大な組織に、ひとりの力は及ばないかもしれないが、
それは決して「無」ではない。
  
posted by ミル1000 at 14:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 学会訪問記録

2009年03月31日

学会役員サンに会う (2)

以前の日記」に書いた事だが、彼に同時中継の「言葉遣い」について疑問を投げかけたことがある。

私が役員のAさんに会う前、彼は「言葉遣い」についての見解をAさんに求めていた。

Aさんは、この様に答えたそうだ。
「確かに、学会外の人が聞けば言葉遣いは悪いと思う。
でも『悪』は徹底的に攻撃しなければならない。」

私は、改めてAさんに以下の事を問うた。

学会の組織的犯罪を山崎氏の個人犯罪と公言している矛盾。
裁判の敗訴を隠し、公然と勝ち続けていると言う嘘。
暴言を子供に聞かせることへの影響。
視聴している学会員が、罵詈雑言に無関心である異常。
これら全てが会員のマインドコントロールに繋がっているという事実。

Aさんの回答は、

創価学会の組織的犯罪は事実。
裁判については、敗訴を隠してはいるが、調べればすぐに分かること。
同時中継を、自分の子供に聞かせたいとは思わない。
学会員は「罵詈雑言」を聞き続ける事で、感覚が麻痺している。
学会の矛盾や嘘は、会員を繋ぎ止める為のMCである。

こうした事を認識した上で、学会の現状を変えるのは難しいであろう事、自分の力の及ぶ範囲で努力したい、と語った。

他にも、一般人との生活の隔たり、信仰の形骸化、折伏のあり方、宗門問題など、率直に話をして頂いた。
そこに、取り繕いは感じられなかったし、彼との間にさえ感じていた「噛み合わない」感覚もなかった。

Aさんの様に、個人的には学会組織に問題意識を持ちながらも、結局その組織を守る為に行動している人は多いのではないだろうか。

自分の居場所を守る為なのか、
自身の活動に正当性を見出しているのか、
信仰心の深さからなのか、
人間関係に価値(もしくは縛り)を感じているのか、

私は、学会の全てを否定することはできない。
信仰の意義や、コミュニティの重要性など、個人や末端に視点を置けば、確かに素晴らしい一面はある。

だが、私が問い質したいのは、組織の問題性、「組織悪」だ。
学会員は、創価学会という組織の責任を、一人一人が担っているという認識があるだろうか。
組織の問題に目を向け、そこから目を逸らさず、勇気を持って立ち向かっているだろうか。

知らなかった、自分には関係ない、では済まされない。
学会における問題の全ては、学会員一人一人の責任なのだ。
  
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2009年03月30日

学会役員サンに会う

以前、男子部の役員さんにお会いした事がある。
「創価学会」の目的や活動やらを説明して欲しいという私の要望に応えて頂いた。

役員さんの話は、とてもマニュアル的だった。
学会員と話をすると「噛み合わない」と感じる。正にそれだった。

で、次は別の役員さんに会わせてほしいと彼に頼んだ。
ご本人(Aさん)に快諾頂き、先日、お会いした。

学会3世、創価大出身の人だと聞いていた。

私は、彼も同席するこの場で、学会の嘘と矛盾、誤りをトコトン追及しようと思っていた。
事実のみを話し、彼に「事実」が「中傷」でない事を分からせたかった。

裁判敗訴、マインドコントロール、聖教新聞や同時中継の罵詈雑言、強引な折伏や新聞啓蒙、一般人との隔たり。


Aさんは、彼の隣で、私の批判の全てをあっさりと認めた。

打算ではなく、正直な考えを話してくれたと思う。
少なくとも私はそう感じた。
人間的に、何か魅力のある人だと思った。
何事においても極端になりがちな学会員の中にあって、冷静な(本人曰く「冷めた」)思考を持っていた。

帰宅後、ひとりになった時、自分の「人間の小ささ」を感じた。
そして、Aさんのある種の魅力は、創価学会と共に生きてきた数々の経験の中から、身に付けられたものなのだろう、と、ふとそんな事を思った。

Aさんが、学会の問題を認識していながら、何故その組織の為に働くのか?
学会活動から得る充実感が大きいらしいのだが、学会自体を認めない私にその充実感も活動の意義も、理解し得るものではない。

信仰心についても、「題目を唱えて宇宙を感じる」という様な感覚は、さっぱり分からない。

私の中で、「創価学会」=「悪」は成り立つ。
学会によって公言される嘘、犯罪、学会員による重大事件の数々。
日本の司法やメディアがこれらを避けて通る今日、グレーのまま葬り去られる問題が余りに多い。

問題を認識できているなら、内部から声を上げるべきではないのか。

歯がゆい思いで胸がいっぱいになる。
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2009年03月15日

3.16記念座談会

3.16記念座談会というものを見てきた。

3月16日は、創価学会の記念日で「広宣流布記念の日」というらしい。
(詳しくは、『SOKAnet』参照)

参加者は少なかった。
壮年部の役員さん、進行役さん、婦人部の方2人、男性2人、彼と私。

座談会の流れは、
 題目 → 3.16記念日のDVD →「大白蓮華」読上げ(1頁だけ)→
 体験談 → ?(先に帰ったのでその後は不明)

人数が少なかったせいなのか、いつもそうなのかは分からないが、地味な集まりだな、と思った。

DVDの内容は、昭和33年当時の映像にナレーションが付いたものだったが、ここでもまた『坊主達の策略に屈せず云々・・・』という、大聖人にお聞かせするにはいかがかと思える言葉を連発。
何の事はない、DVDは結局、池田サンの賞賛に流れていき、池田サンを称えて締めくくられている。

「大白蓮華」は、見開き1頁を数人で読み上げ、進行役の方が、少しばかり感想を述べていた。
「負けじ魂を養っていきましょう」だったかな?
この大白蓮華の朗読文も、もちろん池田サンが書いたものだ。

同時中継でも、座談会でも、見聞きしているものは全く同じではないか。
全てが、池田サンに返っていく。

「師弟不二」という言葉で池田サン妄信を約束させ、「公宣流布の戦いに勝利」するという大義名分のもと、学会のコマとして働かされる
繰り返される池田サンの自我自賛は、世界中からの賞賛にすり替えられ、日蓮の教義は、池田哲学(池田教)へと姿を変える


会合、座談会、聖教新聞、日々の活動で、何度も何度も繰り返される教えが、心の隙間に入り込み、やがて個人を支配していくのだろうか。

座談会に集まった人々は、自身や家族の病気を語っている人もいた。
私の彼もまた、少年時代に辛い経験をしている。

宗教を心の支えに苦難を乗り越えるということ自体は素晴らしい事だと思う。
人の心を救う事こそ、宗教の本来の役割であり、存在意義だと思う。
しかし、それは「救いを求める心が、宗教に支配されない限り」の話だ。

この座談会の場で、私はかなりはっきりと自分の意見を述べてきた。
学会の約束する幸せを、全ての人に「絶対」と言い切れるのか。
新聞啓蒙にしろ、公宣流布にしろ、その必要性は何なのか。
良いものは、自然と人々に認められ広がっていくものだ。
そして、この座談会が果たして人を育てていると言えるのか。

新聞啓蒙の体験談を話した男性に、私は、「どんな言葉で啓蒙するのですか?」 と訊ねた。
答えたのは、何故か、役員さんだった。
この役員さん曰く、
「産経新聞や朝日新聞が販売活動をする様に、聖教新聞も活動しているんです。こういうものは、活動しなければ、自然と広まるものではないですから。」

産経や朝日が販売活動するのは当然でしょう。
彼らは商売ですから。

我がダーリンの話にも頭を抱えたくなった。
役員さんに、「君は、学会に入ってどういうところが変わったの?」と聞かれ、「会社に遅刻しなくなって、時間を守る様になれた」との事。
役員さんは、「それはいいことだね!!」と頷き満足そうだった。
が、「それって社会人として当然の事でしょう・・・」 という私の呆れた突っ込みに、役員さんは「その通り!!」と力強く賛同。

あの、ちょっと、会合のレベルが低過ぎやしませんか?
幼稚園児の集まりじゃあるまいし・・・。

座談会の締めに、進行役さんが私に向かって言った。
「私たちも、まだまだあなたの意見に回答できない事もあるので、
 もっと勉強していかなくてはいけないと思います。」
その進行役さんの言葉を、何故か、役員さんが片手を挙げて制した。
絶対的正義の理念のもと、如何なる事でも非は認められないのだろう。

この座談会に集まった6人の方々は、「良い人達」だったと思う。
皆、純粋な信仰心を持って生きている様に感じられた。
噂に聞いていた様な強引な折伏も全くなかった。
「一度、お題目を唱えてみたら?」と薦められたくらいだ。

私は、集まった学会員の方々の信仰心を正そうなどという気は毛頭ない。
彼の前で学会の矛盾を問いかけ、彼自身に考える機会を与えたいだけだ。

座談会の帰り、彼が一言、
「ホントに、はっきり物を言う子だねぇ・・・」
  
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2009年03月09日

3月の同時中継

昨日、2度目の同時中継を見てきた。

少し遅れて行ったので、ナントカ部長の悪口演説は聞き逃した。
別にかまわないが。

池田サンの演説が始まっていた。
特筆する事もない。
終始、 自慢話 をしていた。いわゆる 自我自賛だ。

途中であんまり自分を誉め続けるので、笑えてきた。
ここまで真面目な顔で、机を叩きながら、
「私は素晴らしいんだー!」と公言されると、可笑しくなってくる。

会場を見回してみると、神妙な顔で頷きながら聞き入っている人が多い
ので、声を出しては笑えないが、顔はニヤニヤしていた。
何人か、寝ている人もいたが、会合に出席する人の中にも、それほど
信心していない人もいるという事だろうか。

何かの参考になるかと思い、ポータブルオーディオで録音してみた。
が、保存の仕方を間違えて、録音失敗。

帰りに、彼が
「録音は禁止だから、もうやっちゃダメだよ」 と言う。
「何でダメなの?何か聞かれるとまずい事でも言ってるの?」 と聞くと、
「悪用する人がいるから」
「説法なんだから、万人に聞かせてナンボのもんでしょ?
公宣流布って謳ってるんだし。」 と更に言うと、
「どう悪用するのか知らないけど、そう聞いた」 のだそうな。

また出たよ。 「自分はよく知らないけど、人から聞いた」 ってやつ。

「いいのか悪いのか、自分のアタマで理由を考えなさいよ」 と怒ると、
「分かった。ただ、見つかって怒られると、ミルが可哀想やから・・・」
「同時中継は、もう二度と行かないら、ご心配なく」

二度聞けば、もう十分だと思われる。
事実無根の 悪口自慢話 を繰り返し聞いてもね。
今週末は座談会です。
posted by ミル1000 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 学会訪問記録

2009年02月16日

2月の同時中継

学会の会合に出席してきた。

結論から言えば、理解し難い世界 だった。

自分自身の思想、思考とのあまりの温度差に、情けないが、想像以上のショックを受けてしまった。
彼はこんな世界を 「素晴らしい」 賞賛するのか・・・、と自分との隔たりの大きさを実感した。

会合の流れは、コーラス(学会歌?)、幹部スピーチ、会長スピーチ、
名誉会長スピーチ、記念品授与、題目の様な順だったと思う。

幹部(男子部長?)のスピーチは、「学会の元弁護士 山崎氏について」だった。

  「極悪ペテン師」山崎が敗訴し、その大罪が裁判所によって
   認められ、大嘘にまみれた人生であった事が証明された

終始、怒声を響かせ、既に死した人を口汚く糾弾する、
これが宗教人のあるべき姿なのだろうか?


裁判で有罪とされた山崎氏の、罪は罪であろう。
しかし、成仏した人に尚「極悪ペテン師」と叫び、その人生を 「大嘘にまみれた」 と罵る姿は、一般人の目には決して美しい姿とは映らない。

スピーチは概ね、山崎氏の批判と学会の正義を主張する内容であった。

山崎氏について


次の女性(婦人部?)のスピーチ、会長のスピーチは、ほとんど記憶にないので割愛する。

池田名誉会長のスピーチだが、2代会長戸田氏の誕生日に因んで、戸田氏の思想と、自らとの師弟関係について。
その後、偉人の格言、名言を羅列していく、という内容であった。

この 「偉人の格言の羅列」 は、なかなか 異様 だった。
隣に座る彼に、
「池田サンっていつもこうやって人の言葉を引用するの?」 と聞くと、
「うん、そうやな。よくするな。」 との事。
格別、違和感はない様だ。

誰のどういう言葉だったのかは、申し訳ないが記憶していない。
ただ、池田サンの読み上げる名言集は、その人物の思想を無視した脈絡無い選択で、

キリスト教 やら ヒンドゥー教 やら、色々な宗教を信奉する
人達の名言
なんだろうなー、と思って聞いていた。

「創価学会は、宗教界の王者」 とか言ってなかったっけ?

公宣流布の大儀のもと、日蓮大聖人のお言葉を伝えた方がいい気がするのだが、いかがなもんだろう?

他人の言葉を借りねば、自らの正義を弁護する事ができない。
自力で正義を貫くことができないと証明している様なものではないか。

異常な数の顕彰で身を飾り、偉人の言葉にすがる弱々しさ
を感じるのは、私だけではないはずだ。
それに気づかない学会員達は、やはり マインドコントロール されているとしか思えないのだが・・・。

彼に何度でも言いたい。
善悪を正しく判断するには、判断する為の根拠(正しい知識)を身に付け、誰の意見に左右される事なく自らの頭で考え、自ら結論を導き出さなければならない。
人の意見に素直に頷き、素直にそれを信じ、素直に従うのでは、ただの ロボット操り人形 だ。
今大切なのは、 自分の頭で考えるという苦しみや辛さを知ることだと思う。

それが、 あなたが自我を見失わない為に一番大切なこと なんだと、
私は確信している。
posted by ミル1000 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 学会訪問記録