2009年09月16日

思い出話

最近、ひとりカラオケカラオケ を覚えた。。。

ひとりで好きなだけ歌いまくるのは、結構快適 わーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)
でも・・・。 一人暮らし、一人買い物、一人ごはん、一人カラオケ。。。

こんなんで、いいのかしらね???


今日は、少し思い出話を書きます。

衝撃的な内容かもしれないので、ショックを受けやすい方は、この先は読まないでくださいね。

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数年前、流産でお腹の中の子を亡くした時のこと。

あの夜は、本当に怖かった。
体の奥から、ドクドクと血が溢れ出してくるのを感じながら、寒い部屋で、布団の中で、たったひとりで、どうする事もできずに、ひたすら泣いていたもうやだ〜(悲しい顔)

それまでも、ずっと孤独と隣り合わせの生活だったけど、この時感じたのは、守ってくれるはずの人から見捨てられた、絶望的な孤独だった。

私は、「その人」のことを、信じたいから、ただ無条件に信じようとしていた。
今思えば、カルト宗教に嵌っていた様なものだ。がく〜(落胆した顔)

ただ、信じているつもりでも、心はいつも崖っぷちにいた。
その事に随分前から気付いていたはずだった。
でも向き合えなかった。---というより、現実に向き合いたくなかった。

絶望って、恐ろしい。
何度も「死んでもいい」と思った。
「赤ちゃんのところへ行きたい」と、いつも思っていた。

でも、ある日もっと恐ろしい事が起こった。

通勤ラッシュのピークが過ぎた朝のホームに立っていた、あの日。
突然、目の前の線路に、若い女性が飛び降りた。
赤いズポンを履いていた。それが一瞬目に焼きついた。
女性は、背後に迫った電車を背にして、線路に蹲った。
誰にも止められなかった。
女性は、電車に轢かれて亡くなった。

この日を境に、私は訳のわからない恐怖心に襲われるようになった。
あんなに「死にたい」と思っていたのに、死を目の当たりにして、私の心は恐怖しか感じなくなった。
とにかく、怖かった。
自分が「死」にとても近い様な、自分ももうすぐ死ぬ様な、毎日そんな感覚に襲われていた。
仕事帰りの通い慣れた道を歩いている時でも、風で木の葉が揺れる音に思わず飛び上がってしまうくらい、いつもビクビクしていて、怖くてダッシュダッシュ(走り出すさま)でウチに帰ったことも、一度や二度ではなかった。

=どんなに辛くても、私は死ねない。だから、立ち直るしかない。=

この時そう思えたことが、私の強さだったのかもしれない。


「選びたいもの」「選ぶべきもの」が違うことは、往々にしてある。

流産するまでの数年間、私自身が望んで選択した道は、決して正しい道だったとは思わない。
でも、今、後悔もしていない。

結果はどうあれ、子供を産みたいと思ったことだって後悔していない。
わが子が、その小さな命をかけて私に遺してくれたものに、今は心から感謝するだけ。

あの頃、まだ肌寒い春先の昼下がり、陽の差し込む窓辺でうたた寝しながら、自分の中に新しい命が芽生えた喜びと幸せが、じんわりと胸に広がってきたことを、今でも鮮明に覚えている。


もうひとつ、今になってしみじみと思うことは、私が愚かな道を歩んでいた数年間、友人と呼べる人たちが私を見捨てなかった、その事への感謝の気持ちだ。

私は、恋人の為ならこの友人たちを失っても仕方ないとすら思っていたのに・・・。

その時の私には、友人を諦めることはできても、恋人を諦めることなどできなかった。
私にとって、一番大切にしたいものが「恋人」だったからだ。
弁解になるが、それだけ愛情を注いだ人であったことも事実だ。


人の選択は、心の鏡だと思う。
その人にとって、何よりも大切なもの---それが、自分自身なのか、家族なのか、恋人なのか、仕事なのか、それとも、宗教なのか。
人の選択は、その人の心を正直に映し出す。
だから、時にひどく残酷だったりする。


私が長い間信じていたものは、「幻想」に過ぎなかった。
夢から醒めてみれば、友人も、両親も兄も、祖母も、ワンコも、変わらないままそこにいてくれた。

彼らを失わずに済んだのは、奇跡ぴかぴか(新しい) ・・・ではなく、彼らの無償の愛情のおかげだと思っている。
私は、一番大切なものを失って初めて、自分にとって本当に意味のある人の存在を知った。

恋人といる時はあんなに孤独だったのに、恋人を手放すのと同時に、私をがんじがらめに縛り付けていた"くびき"から解放された。


それでも、私は、かつて過った道を選択していた自分の人生を、後悔したりはしていない。
何故かというと、後悔しないくらい全力投球野球 していたから。
中途半端な、曖昧な感情が通用する状況ではなかったし、人生を賭けていたと言ってもいいくらい、本気で一生懸命だった。

だからこそ、今、その数年間を見つめることができる。
誰のせいでもなく、もちろん恋人のせいでもなく、その数年間の自分自身の選択に向き合うことができるのだと思う。


信じるものを信じきることは、悪いことじゃない。
ただ、信じることにも、それ相応の覚悟がいることを忘れてはならない。

人生の大切な時間を"信じるもの"に賭ける覚悟と、それによって何か(人かモノかお金か信用か、何かは分からないけど)を失う覚悟。

失ったものを、もう一度手にすることは難しい。
時間を取り戻すことができない様に、二度と取り戻せないものもある。

だからこそ、「選ぶべきもの」を間違えなくて済む様に、「大切なもの」を失わなくて済む様に、時に自分を冷静に省みて、耳の痛い忠告や周囲のことばに耳を傾ける勇気が必要なのだと思う。


今あなたが望むその道は、あなたの「心の逃げ道」になってはいませんか?

逆境の中でもめげずに信じきることが勇気なのではない。
信じるものに正しく向き合おうとする心が、本当の勇気なのだ。


私は、現実に向き合い、それを受け入れるまでに長い時間がかかった。

だから、私の想いがこのブログを読む人に通じるまで、長い時間をかけて自分の気持ちを綴っていきたいと思っている。


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しばらく更新お休みします。10月には再開できると思います。

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posted by ミル1000 at 22:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
はじめまして、最近一気に読ませていただきました、何年か前に、創価の彼女がいた経験があります、幸いと言って良いのかどうかわかりませんが、僕は恋愛を第一に考えるタイプではないので無理と思ってからあっさりと別れを選んだし、それで正解だといまでも思ってます。
プラス 父親が創価嫌いなので影響もあり色んな人のブログなどを読ませてもらってます。ミルさんの発言の端々に粋と風流を感じられる人柄が見えてとても楽しく、時には勉強させてもらいながら読ませていただいています、再開を楽しみにしております。
Posted by ひがしかた at 2009年09月18日 00:00
私も以前、創価の彼氏がいたので、思わずお邪魔してしまいました><すっごく真剣な記事で、読み入ってしまいました。これからも更新待っています。
Posted by あすか at 2009年10月29日 13:47
創価学会はね、やっぱりなんか変なこと起きるよね。
お二人とも可哀相。
私は月に一回、静岡県の大石寺に通ったりしてます。
なんか創価学会の人の話って、いい話聞かないよね。
私は親が創価学会だったのですが、家族で辞めた。
今は日蓮正宗の信者です。

創価学会を辞めて、良かったと思います。

あのまま、あんなところにいたら人生おかしくなっちゃいますよ。

彼氏さんも創価学会を辞めれますように。

失礼しました。
Posted by 法華兄さん at 2009年10月31日 23:35
ひがしかたさん、

はじめまして。ミルです。
レスポンスがこんなに遅くなってしまって本当にスミマセン。
ひがしかたさんが創価の彼女さんとあっさり別れられたこと、私も本当に正解だったと思います(^_^;
非学会員にとって、現状の創価を理解するのはほぼ無理・・・ですよね。
仏教は、心から共感できますけど。
私の場合、彼を好きか嫌いかと聞かれると「好き」と答えますけど、未練は全くなくて、ただ、先々彼の心に何か変化があった時に、私にできることがあれば力になりたい、という感じです。
すごく深いところまで関わりあったからこそ、幸せになってほしいという思いも強いですね。
何か、こう書くとすごくいい人ぶっちゃってますけど。(^_^;
ひがしかたさんのお店サイト拝見しました。
そちらの方面は、友人がいたりもするので、何かの機会にお店に伺ってみたいです♪



あすかさん、

はじめまして。訪問&コメントありがとうございます。
創価の彼氏さんがいたんですね。。。
このブログを初めて、創価の恋人がいる方々から、たくさんメッセージを頂きました。
でも、何も問題がなく順風満帆という方はひとりもいらっしゃらなくて・・・。
幸せのための宗教なのに、おかしいですよね。

今後の更新は、かなりスローペースになると思いますが、また訪問ください。



法華兄さんさん、

はじめまして。訪問&コメントありがとうございます。

非学会員の目から見れば(少なくとも私は)、学会という組織に対して「良い」と思うことは皆無ですね。
宗門の方であれば、尚更だと思います。

ただ、学会員ひとりひとりを見れば、幸せを感じて満足していらっしゃる方もいる。
それが良いか悪いか、正しいか間違っているかは、第3者からはなかなか判断できないものだなぁ、と感じています。

>彼氏さんも創価学会を辞めれますように。
私も、心からそう願っています。
少なくとも、創価学会の不正義に気付いてほしい。それを感じ取る正常な心を取り戻してほしいです。
Posted by ミル at 2009年11月02日 07:29
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