2009年08月21日

要は、気持ちの問題!?

創価について彼と話すとき、彼はとにかく黙る。ひたすら沈黙する。
そんな時、「オレは貝になりたい もうやだ〜(悲しい顔)と思っていたに違いない。
何も喋らないくせに、そのうち彼の方が疲労困憊してくる。そして私が話すのを諦める。
男子部の部長に「女性と話すにはエネルギーが必要だ」と言われたことがあるらしい。
「部長の言う通りやわ〜」と、いつもぐったりしていた。
そんな彼に、ある時こう言った。
「そんなん当たり前やん。男と女は究極の関係やねんから。命と命の繋がりやねんから。そりゃエネルギーも使うわ。」と。

感覚で喋ったので、自分でもイマイチよく分からないのだが・・・、
心が繋がるから肌のぬくもりを求め、身体を重ねることでまた心が結び付く。そんな命と命が触れ合う時間があることが、究極だなと感じた。

私の批判攻撃にぐったりと倒れ込む彼を見て、よくからかった。
の私にエネルギー吸い取られてるんやわ〜。」
この時だけは、彼はちゃんと断言する。
「ミルは魔なんかじゃない。そんなんオレが決める。」

要するに、その人自身の気持ちの問題なのだ。決めるのは宗教じゃない。

そう言えば、公明党市議Kさんも、以下の様な指摘で返答に困ると「気持ちの問題」に摩り替えようとしていた。

・彼が裁判の無敗を信じ込んでいたのは会合でのMCが原因だと指摘した時
⇒Kさん自身が、正本堂裁判全敗の事実を知らない。

・都議選の議席数、得票数の減少が、創価衰退の証拠だと指摘した時
⇒途中で話を遮られた。

・出所不明の日寛の本尊を改造コピーだと指摘した時
⇒祈る気持ちの方が大切らしい。ちなみにこのコピー本尊は3000円。ボロ儲け。

・創価で幸せになれなかった脱会者の多さを指摘した時
⇒幸せになっている人の方が多いと言うが、証拠はない。

・功徳を積んでいるはずの幹部が犯罪を犯す事実を指摘した時
⇒創価にも世の中と同じ割合で犯罪者がいるらしい。←創価にいる意味なし!

・池田さんの学術称号の多くが専門学校レベルのものだと指摘した時
⇒「山ほどの受賞=世界の評価」論を押し通す。

・財務によって破綻する学会員が少なくない現実を指摘した時
⇒「財務は自己責任」と問題意識がまるで無し。

・互いを矯正し合う相互扶助の関係がないことを指摘した時
⇒学会は個人の自由を尊重しているから、矯正し合うという考えはないと断言。

・地域によって幹部の指導にバラつきがあることを指摘した時
⇒他の地域の事は分からない。でも組織は完璧だと言い切る。←指導がバラバラでも完璧?意味わからん。


最終的に、Kさんは、私が愛用するミニPCを指して、要はご本尊様に一生懸命祈るその気持ちが大切。そんなパソコンで細かく細かく調べてるくらいなら一度ご本尊に祈ってみろ、と言うのだ。

学会員は何かと言うと「デマだ中傷だ」と言い張るから論拠を示して話をしてるのに、「気持ちの問題」に逃げるのはどうかと思う。
これが、認知的不協和を解消して自分を守ろうとする本能なのだろうか?


島田裕巳氏が著書の中でこう述べている。

『新・幸福論』(2004年 潮出版)で説かれている「楽観主義」というものは、心の持ち方を変えることで幸福を得ようというもので、これは日本の宗教全般に共通する基本的な考え方である。何ら特別なものでもなければ、新鮮で特異なものでもない。これでは、他の宗教と同じでしかない。
心の持ち方で問題が解決するなら、現実的な行動(勤行、折伏、選挙など)は必要なくなる。『新・幸福論』は教えを現代に即したものにしようと、心理学的な思考を取り入れているが、それは従来の創価学会の考え方とは、じつは正反対のものになってしまっている。
毎日お題目を唱えることで、幸福は実現できるのか?
創価学会の信仰のスタイルの「賞味期限」は、切れかかっているのかもしれない。
組織として頂点を迎えたあとには、往々にして衰退が待っている。今、創価学会はその境目にさしかかっている。

(『民俗化する創価学会』P113〜P120より)
posted by ミル1000 at 21:50| Comment(24) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
こんばんは☆
ご本尊様(まだ【様】は、はずせないでいます;)についてなのですが、印刷ってどこでおこなってるのでしょうか?いろいろ調べたのですがわからなくて・・・
あと、退会などでお返ししたご本尊様ってどのように処理してるんですかね・・・素朴な!?疑問です〜
もし何かご存知でしたら何かの機会にでも教えてください☆

真実を知りたい自分と知りたくない自分と、苦しい時期ですが目を閉じずに向き合って行きたいと思っていますのでこれからもよろしくお願い致します☆
Posted by ポコ at 2009年08月21日 22:34
ポコさん、こんばんは。
本尊の印刷場所は今まで気にしたことなかったですけど、学会は、書籍、雑誌、新聞、ポスター等々、出版・印刷業界との繋がりは深いですからね。本尊をコピーするくらいならどこでも可能だと思います。返却後の本尊の行方も、同じく調べたことはないですけど、普通に処分されるのではないでしょうか。まさかお焚き上げみたいな事もしないと思いますけど・・・。
以前、地区幹部の方に、学会の会館内に会員用の問い合わせ窓口があると聞きました。もし可能であれば問い合わせてみると確実な情報が得られるかも。私の方でも調べてみますね。
Posted by ミル at 2009年08月21日 23:28
質疑応答の形で、実にわかり易くポイントがまとまっていますね^^。
みんなそれなりに疑問符として思ってる事柄ですが、上手く文章化するのは難しいものです。
創価の内外に関係なく、矛盾点の表明にエールを贈ってることでしょう。(^0^)/

今の御本尊の具体的な出所や旧御本尊の行方は、時間をかけてじっくりと調べるべきだと思います。
創価の不祥事を見つけるのは、この時代いくらでも出来ますが、御本尊のことは隠蔽・また隠蔽で、絶対に洩れないような体制にしてるはずです。

何はともあれ、全ての会員さんたちが祈る「対象」ですから、不祥事的事柄など公になったら不信者続出で組織が揺らいでしまいます。
創価も万全の体制で隠してるはずです。

御本尊のことはもちろん、その他の疑問も会館に問い合わせても
絶対に真実は得れないと思います。
創価にとって都合の悪い事を、会館の職員が正直に話すはずがありません。
ごまかされるか・嘘を言われるか。。。。。。。
その程度なので時間がもったいないです。

かといって、ネット上も全て真実ではありませんが
まだ正確な情報が得れます。
内部告発的書籍も参考になります。


膨大な財力と政党まで持ってて、国家権力を動かせて
マスコミを全て抑える力を持つ巨大組織です。
そんな創価公明を批判する週刊誌もありますが、組織内では
「売れたら嘘でも書く三流だ!」と攻めています。
買わないように、組織内で叫んでます。

でも、そんな巨大組織に根拠もなくケンカを売る出版社などないと思うんです。
子うさぎがライオンにケンカを売るようなものです。
売上げが伸びるどころか、権力で出版社の一つや二つは
完全に潰されてしまいます。
それでも、書くのは・それなりの根拠と一種の正義感的使命があって書いてる気がします。

個人で創価の内部告発本を書いてる方もいます。
その方が本部に勤務してただけに、内容も実にリアルで具体的で
伝わるのもがあります。
個人が、創価のような巨大組織に立ち向かって得るものは全くありません。

原稿料が良かった?・・・印税が入る・・?
それも、ちょっと想像に結びつきづらいです^^;。

それ以上に、自分の身が危ないリスクのほうが高いです。
そんな実例も、幾つかありますしね。

それでも書いたのは、それなりの「正義感」・「使命感」のような真摯な気持ちがあるからだと思います。

自分が見て、信頼できる!と感じるネットや書籍類で情報を得たほうが
真実が得れると思います。

ネットはPCの画面に並んだ単なる電子文字です。
でもね、書いた方の気持ちが入ってるんです。
それは見た人に必ず伝わります。

自分のハートに感情が伝わってくる・・・・・
そういうブログは真実が含まれています。
それで、判断できます。
書籍も同様です。
事実を真剣に書いてる書籍は、著者の気落ちが肉薄して伝わって来ます。

21世紀になって、益々人の真実を感じ取る感性が向上しています。
書いた方が伝えたい思い・・・見る人達がそれを感じられる。
そういう時代です。

都合のいい「嘘」が今までのように、通じない時代になってると思います。
「嘘」だと証明出来ることは少ないです。
汚辱に塗れた多くは隠されたままかもしれません。
でも、人々は感じ・離れていくと思います。
Posted by kan at 2009年08月22日 00:56
すみません。。。
大事なことをコメントしてませんでした^^;。

「認知的不協和」

これね、多くの会員さんがそうだと思います。
ウチの妻もそうです。

殆どの会員さんは
「おかしい・・・昔の説明と違うじゃないか!・・・・
なんでこんな生活なんだ?・・・・なんでここまでモノを買わせるんだ?・・・・大事な事は全て秘密・・・ずっとそうだ。。」

そういう気持ちの中で、でも視線を逸らせ・あえて無理やりにでも
自分がほっとする気持ちに安住し、創価の世界にいると思います。

本来の自分の気持ちとは違う場所にいるのです。
無意識層の中では、葛藤してると思います。
心の状態が現実に現れます。
内なるモノが外の現実に現れます。

幸せをを求めて活動して、でも全然幸せになれないどころか
周りが同情するような不幸な境遇になってる会員さんが多いのは
このためだと思います。

まるで、目の前に「餌」をぶら下げられて懸命に走らされてる馬のようです。
やがて、自らの体をも壊してしまいます。
もちろん、組織も池田氏も一切助けたりはしません。

「認知的不協和」

実に的を得た、適切な言葉だと思います。
Posted by kan at 2009年08月22日 01:27
ミルさん、みなさま、こんにちは。

ネットで話を聞くたびに想うことがあります。

そこそこ活動をした学会員が、何らかの原因で脱会に至った場合、その原因が教義の矛盾によるものではなくて、そこにいる人間関係のトラブルなどが原因となるケースが多いのではないか?と。

これを起点にして、今までの様々な矛盾が波のように押し寄せ、その人を苦しませながらも洗い流す。

このようなケースで脱会される人が多いのは、一体なにが原因なのか、今後考えてみたいです。

Posted by コオロギ丸 at 2009年08月22日 09:34
初めまして。
Sinと申します。
僕の親も創価(ほとんど活動はしてません、新聞くらい)で僕自身もほんの少し前までは選挙に行く程度のことはしてました。しかし、2年前くらいに僕の人生の転換期というか、辛い時期があり仏法に救いを求めました。
本当の仏法とは何なのか?創価は正しいのか?これらを1年以上かけて毎日ネットなどで片っ端から学ばせていただきました。
そして最近になりようやく真実を悟りました。
仏法とは、特別なものではなく人間としてどうやって生きていけば良いのかを教えてくれるものであり、自分の悪い部分を反省し境涯を高めていくものなのです。
僕は日蓮大聖人様を師匠(主師親の三徳)とし直接的な信仰をさせていただいております。

創価は日蓮大聖人様の仏法を利用したので、因果倶時により報いを受けるでしょう。
(^o^)

長文失礼いたしました。
m(_ _)m
Posted by Sin at 2009年08月22日 11:58
Sinさん>

>創価は日蓮大聖人様の仏法を利用したので、因果倶時により報いを受けるでしょう。
興味深い話ですね。賛成です〜〜
僕は無神論の人ですが、因果報応のことも信じています:)
Posted by 隠す at 2009年08月22日 19:01
みなさんありがとうございます^^
今でも、こうしてコメントすること自体が罰が当たるのではないかという不安をぬぐえないままパソコンにむかっています。
創価が正しいか正しくないか、正直まだ全くわかりません。
友達の親御さんで直接お世話になった方々にも全国幹部さんなどもいらっしゃって、そういう方々のお話を聞くと、どうしても嘘をついてるとも思えないし、こんなに立派な方がだまされるはずないと思ってしまうのです。
大好きな義母も草創から池田先生(と呼ばせてください;)に直接の激励を受けながら頑張ってきているひとです。
でもそんな中にいても、やっぱり疑問に思うことは多いのです。
なので、皆さんと率直に勉強させていただきながら、真実を見極め、自分の考えで選択していきたいと思います。
今後ともよろしくお願い致します^^
追伸:ご本尊様についての追記ですが、私は女子部時代、何かの記念日だったかに「先生のご配慮で特装ご本尊様(普通のご本尊様より一回り大きく、装丁も少し違います)をいただけることになったよ!ポコちゃんよかったね!!おめでとう!」ということで、いままでなじみのご本尊様をお返しし新しいご本尊様をいただきました。ある役職以上がいただけたと記憶しています。
そのときに、わたしのなじみのご本尊様はどうなっちゃうのだろう!?と先の疑問が生まれたのです。命より大切なご本尊様を学会はどう処理するのか?それは学会員にとってかなり重大なことだと思います。
ちなみに特装ご本尊様は普通のご本尊様の3倍ちょっとのお値段(ご供養金)でした;
Posted by ポコ at 2009年08月22日 20:48
kanさん、こんばんは。
「認知的不協和の原理」と「思考停止」
どちらもMCに深く関係していると言われます。
何があっても「創価は正しい」という確信に心の安息を求めようとする心理。批判を全て拒絶して押し通す独善的な正義。どの活動家にも共通するものではないかと思います。
心の不協和に目を瞑り、疑問を追及することを止めれば、その時は楽かもしれないけど、ふとした事で信じるものを失った時、精神的な打撃がとても大きいと聞きます。そんな時、彼らの周りに支えてくれる人はいるのか?そう思うと、とても心配になります。


コオロギ丸さん、
いつもお気遣い下さる事、とても感謝しています。ありがとうございます。
学会内の人間関係の亀裂は、先に述べたMCと同様、信仰による結びつきが強ければ強いほど、その反動が大きいのかもしれませんね。
条件付の人間関係に、真の絆・信頼関係は生まれるのか?人と人の繋がりは、一概にこうだと言い切れるものではありませんが、私も一度考えてみたいと思います。


Sinさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
人間が地球上に様々な信仰を創り上げてきたのは、信じることで「人の苦しみを救おうとしたから」だと思います。
創価学会にも、信仰を通じて心の苦難を克服した人は少なくないと思います。それだけ信じる力が人間に与える影響は大きいのでしょうね。だからこそ、信仰は諸刃の剣となり得る。

>仏法とは、人間としてどうやって生きていけば良いのかを教えてくれるもの
とても共感できます。
心が宗教に支配されている様では、それはもう信仰とは言えない。
ダンマパダの一説です。
--自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?自己をよくととのえたならば、得難き主を得る--

これからも、よろしくお願いします。


隠すさん、
『因果応報』いい言葉ですね。もともと仏語らしいです。創価学会にはピッタリですね。
『盛者必衰』なんて言葉もあります。「この世の真理」みたいなものかもしれませんね。


ポコさん、
創価はよく「仏罰」って言いますけど、「罰」ってお釈迦様や他の誰かが、人に与えるものじゃないと思うんです。
前述の「因果応報」のようなもの。
〜何か悪いことをしたらバチが当たるよ〜
そう言って、人は自分を戒めてきたんじゃないかなと思います。
ポコさんは、お釈迦様を裏切っているワケでもなければ、人を傷つけているワケでもない。何も悪いことなんてしてません。⇒罰なんて当たるはずがないんです♪

Posted by ミル at 2009年08月22日 23:22
私は学会2世です。そもそも宗教というものは「信じる」事が出来るかどうか?この一点だと思います。創価学会の場合は日蓮大聖人の仏法が最高の法だということと正しく仏法を実践するために組織があり、指導者が池田名誉会長であること。正像時代と違い、末法の現代ではあらゆる思想が蔓延し、どれが正しいのか解らなくなる時代です。学会もこれだけ巨大化した組織です。いろんな人がいて当然です。ゆえにこれからは脱会者も多くでることでしょう。私の私見ですが、池田名誉会長はただただ「人の為」に人生を捧げた人だと思います。金や地位や名誉の為だけに生きてきた人では断じてない。こういう事を言うと完全に狂ってる、洗脳されてると思われるでしょうけど。「三障四魔粉然と競い起こる」御聖訓。信じれるかどうかです。私は男子部で活動し、唱題し、自身の命で「この信心は凄い、間違いないな」と感じてしまいました。生命というのは永遠なんだと。学会活動は「やらされてる」感覚でやるとこれ程苦痛なものはありません。やらないほうがいいでしょう。財務もやりたくなければやらないでいいと思います。やりたくない財務をしぶしぶやったとこでなんの意味もなし。
Posted by たくさん at 2009年08月23日 21:19
>たくさんさん
私もつい最近までバリバリ活動していました。
今も正役職をいただき会合にも参加しているものです。
たくさんさんのおっしゃっていること、よくわかります。
私自身そのように指導され、また指導してきました;;
学会は正しいかもしれません。(正しいことを心から願っています)
でもミルさんが様々な資料を基に問題提起してくださっている、ひとつ一つに納得いく答えを返せる学会員一人ひとりにならなくてはいけないのではないのでしょうか?
【仏法は道理】・・ならば道理を理路整然と答えられるように自分の頭と心で考える作業が必要だと思っています。
私はこの場をお借りしながら、自分の中の疑問などを整理し納得して行きたいと思っています。
信心=信じる心
信じる対象を、いろいろな角度から見直してみるのもよいと思います。
それでよいところを再発見することもあるでしょうし^^
Posted by ポコ at 2009年08月23日 22:31
たくさんさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

>宗教というものは「信じる」事が出来るかどうか?
その通りですね。この世に多くの宗教が存在するのは、それだけ人が信じることに救いや幸福を求めてきたからなのでしょうね。そして、信仰心(信じる力)にはとても大きな力があるのも事実だと思います。学会にも信仰を通して苦難を克服した人が多くいます。実際、そういう方にもお会いしました。私自身、この身から小さな命を失った時、お釈迦様に救いを求めました。ただ手を合わせて祈ることで救われました。感謝の気持ちを忘れたことはありません。

>あらゆる思想が蔓延し、どれが正しいのか解らなくなる
無理に思想の正誤を求める必要はないと思います。物事の真理は様々なところに存在します。これだけ多くの人種、文化、価値観の違いに接することが出来る時代です。多くの思想を自分の中に取り入れ、理解し、共存していくことが大切な時代だと私は思っています。

>いろんな人がいて当然です
学会にも幸せになる人もいれば、そうなれない人もいる。夢が叶い宿命転換できる人がいる一方で、活動に時間を割くことで家族の絆が壊れる人がいる。お金をかけ過ぎることで破綻する人がいる。こうした問題が少なくないことも現実です。こうした問題に、もっともっと目を向けてほしいと思っています。いろんな人がいるからこそ、ひとりひとりの幸せを見失わないことが大切なんだと思うんです。宗教人として、仏教徒として、たったひとりの不幸も見過ごさないでほしい。そう思っています。

創価学会には、学会が唯一正しく、唯一幸せになれる宗教だと考える人が多くいます。「他の宗教では幸せになれない」という排他的な考え方は今でも健在です。学会を信じるあまり、極端に独善的で攻撃的になっていく人が多い。
たくさんさんは、お子さんがいらっしゃいますか?将来の子供たちの為にも、学会員と非学会員の間にある溝に真剣に目を向けるべき時なのではないでしょうか?私は、そういう思いでブログを書いています。
Posted by ミル at 2009年08月23日 23:27
ポコさん、こんばんは。
学会の良いところも、是非コメントしてください。私は、ほぼ批判しか書かないので・・・。私の様なアンチには、正直、良いところは見え辛いです。
>いろいろな角度から見直してみる
私もその様に心がけたいと思います。
Posted by ミル at 2009年08月23日 23:37
>「人の為」に人生を捧げた人だと思います。

では何故、何十年も時間とお金を費やしてきた会員さんが困ってるのに無視するのでしょう?
何故、助けてあげないのでしょう?

会員さんのおかげで、今の地位があるのに・会員さんは池田氏にとって誰よりも恩人なのに、何故助けてあげないのでしょう?
その気になれば、池田氏なら多くの会員さんを助けてあげられるのに。。。

>金や地位や名誉の為だけに生きてきた人では断じてない。

「私は賞など欲しくない。あげるといっても頂きません」
そう会談で語り、内外の多くの人が聞いてますが、何故あれほど「賞」を受けてるのでしょう?
しかも、いつも聖教新聞にデカデカと載せてます。
この時点で、内外の人達は「池田氏はいい加減なことを平気で言う」と笑っていますよ^^;。

貢献という言葉しかありませんが、具体的にどんな行動をして・どんな効果がどんなふうにあったのか?
一切の表明がありません。
「賞」の根拠をちゃんと表明し、それに対して賞賛するのが普通ですが、一切ないのです。
当たり前ですよね。
全て庶民の会員さんから巻き上げた膨大な寄付を使った寄付をして、それで感謝されて「賞」を貰ってるんですから。(笑)

池田氏の納税額は億単位ですよね。
それくらいはご存知だと思います。
ということは、収入はやはり億単位です。
でもこれは、世間的に公表してる数字です。

池田氏は60社の個人筆頭株主になっています。
そのことが証券会社の社報に掲載されてて、一般的に公表されましたよね。
その中には有名なライブドアもありました。
これだけの筆頭株主になるには、数億円などじゃありませんよね。

世間で公表されてる納税額から推察できる収入も膨大ですが、それ以上の桁外れのお金を持ってるという事実です。
会員さんは「財務」を会則にもありませんが、一口1万円と言われ寄付しています。
税金のかからないお金が毎年数千億円学会に入るのです。

その宛先は「創価学会」です。
池田氏個人じゃなく、法人宛です。
それを池田氏が使うなら、これは「横領」です。
「横領」は犯罪ですよね。


>「やらされてる」感覚でやるとこれ程苦痛なものはありません。やらないほうがいいでしょう。

仰るとうりだと思います。
なので、会員さんはもちろんのこと、活動家が減ってる実態です。
無理もないんですよ^^;。
もう活動内容がハードなんで、生活にひずみが出ますし、その家族も迷惑を被っています。
それでも、「わかる人だけでいいんだ!」と叫ぶなら、もはや社会から逸脱した組織と呼ばざるを得ないでしょう。

こういうことを、もう外部の人達も随分知ってます。
冷やかしとかなじゃく、友人や知人の会員さんの人生を心配しています。
そして、創価を危険に感じています。
ネットでは流れるのに、あまりにマスメディアには全く流れないので、抑えてる実態も感じてますし、危ない団体だ・・と思うのも無理もないのです。
もう、現実はそれくらいになってるんですよ。


>財務もやりたくなければやらないでいいと思います。やりたくない財務をしぶしぶやったとこでなんの意味もなし。

これも仰るとうりですね。
当たり前ですよね!
会則にないんですから!

それを無理やり押し付けたのでは、一口1万円を押し付けたのでは、これもまた一種の「犯罪」です。
でも、実際は押し付けられてるんですよ。
人数を減らすな!と本部長会で幹部が叫び、具体的に現場を・会員さん宅を訪問し、寄付を募ってるんですよ。

何故、具体的にわかるか?
私の知人が何人も本部幹部なんです。
妻が幹部なんです。
妻が寄付の推進にいったお宅の奥さんから、私に直接言われてるんですよね。
「ウチも教育費も大変ですし、それくらいは常識でわからないのかしら?」ってね。。。

みんな水面下で強烈に推し進められ、この時代・厳しい経済状況で生きてる会員さんたちはみんな困ってるんです。
今更昔のように、「だからこそ財務するんだ!福運に変わるんだ!」なんて言わないで下さいね。

私はそう言われて無理して寄付して、その方が20年・30年後どうなったか・・・いろいろ直接見てきました。
「騙された!!」
そう思わせる見本のような人生でした。
しかし、創価は池田氏は一切責任は取りません。
血の通った人間の集まりとは、とうてい思えませんでした。

たくさん・さん
いろいろ申しましたが、貴方のコメントの文章には人間的な感じも伝わってきます。
多分、暖かい人柄を持ち合わせた方のように感じます。
貴方のような人柄の方が幹部なら、傷ついたり財産が破綻したりする会員さんも少なかったのかもしれません。。。

貴方が信じてるなら、それはそれでいいじゃないですか^^。
誰も邪魔はしませんし、貴方は貴方の信じる道を・人生を生きればいいと思います。

でも、ここに書き込んでる方々も、みんな真面目に人生を生きてる方々です。
長い間、全て自腹で生活費を工面し・言われるままに真面目に活動し・選挙活動し・学会系のモノを買い・さらにまた工面し、寄付までしてきた方々です。
私もそうしてきました。

みんな懸命に生きる中で、体験してきた上で真摯な気持ちでコメントしています。
冷やかしなんて、1人もいません!
同じ人間なら、せめてその心根・その姿勢はご理解戴きたいと切望する次第です。
Posted by kan at 2009年08月23日 23:48
私自身、欠陥だらけの人間であり、大聖人の仏法も創価学会のその字も未だ解らずであります。がむしゃらに活動している学会員のなかでも他人からみれば不幸のドン底にいるような方もたくさんいます。財務で全ての財産を投げうった方、活動に時間を取られ家庭崩壊した方等々、学会のトップ幹部は一切具体的な責任をとったという話などは聞いた事ありません。私が思うにこの仏法は因果を説き、生命は永遠であると説きます。世法ではなく仏法の眼からみると確実に福運を積んでると思います。しかしそれは自己責任においてした行動であれば。先ほどの例を決して推奨するわけではありませんが、大聖人の時代でも農民信徒が退転せずに殺されました。「心こそ大切なれ」御聖訓。ここまでくるといよいよアル〇イーダと変わらないと思われるでしょう。当然です。今の常識からすれば。要点はただ一つ。この仏法が本当に力のある法なのかどうか、そしてこの仏法が唯一無二の法であると信じることが出来るかどうかだと思います。名誉会長の資産がどれだけあるかは知りません。ただ名誉会長は365日休む事なく「一人の人間」の為に行動している事は事実だと思います。未だ子供はいませんが、できたら入信させます。
Posted by たくさん at 2009年08月24日 01:50
少し具体的に書かせていただきますと、日蓮大聖人様の仏法とは「心」を説いたものであり、さらには「一念」を説いているのです。
心とは、あるといえば色も形も重さもなく、ないといえば様々な思いが浮かんできます。しかもこの心があるから悩み苦しみ楽しみ喜ぶのです。
心も瞬間瞬間に移り変わります、だから一念となるのです。一念もさらに細かく見れば一念三千となります。(理の一念三千は中国の天台大師が説き、事の一念三千は日蓮大聖人様)
さらに仏法では深層心理、潜在意識までも説いてます。
これは天台大師の説いた九識があります、日蓮大聖人様は九識をさして九識心王真如都と申してます。
このように仏法とは「一念」を説いたものであり究極の内道であり完全に一人称の世界なのです。
これが分かれば選挙や新聞、財務などが何の意味もなさないことがわかります。己の心も知らず見つめもしないで幸せになんかなれません。日蓮大聖人様の仏法は正しく伝えないと意味がないのです。もしかしたら創価は三障四魔に負けたのかもしれません。

失礼いたしました。m(_ _)m
Posted by Sin at 2009年08月24日 05:00
kanさんsinさん、みなさん、ありがとうございます。選挙活動は仏法を基盤とした考えを政治に反映させる為、支援するのは当たり前だと思います。新聞啓蒙は学会の活動、理念を知ってもらうため、財務は活動するにあたり、お金は必要不可欠であると思います。もともと活動資金は戸田会長の事業から出していたそうですが、「学会活動のために使って下さい」との会員の想いで、自らしたと聞いています。この純粋な心なくして大金を出しても何の意味もないと思っています。少しでも惜しい、もったいないと思うなら絶対、断固やめたほうがいい。いずれも全てが「広宣流布」の為、仏法を広める為だと思っております。時の全国男子部長が本部職員と不倫という事もありました。みなさんが指摘されてる数々の不祥事、信頼していたあの人が〜それでも信仰を貫くのか?活動家といわれてる会員は「自分は試されているんだ」と信仰を捨てない人は多いでしょう。もはや一般常識ではとても考えられないと思います。強引な折伏、財務の強制、私は絶対にするつもりはありません。地元幹部がなんと言おうと。「教主釈尊の出生の本懐は人の振舞いにて候ひける」心肝に染めたいものです。末端会員の私の我見ですみません。
Posted by たくさん at 2009年08月24日 07:02
たくさんさん

>こういう事を言うと完全に狂ってる、洗脳されてると思われるでしょう。
>ここまでくるといよいよアル〇イーダと変わらないと思われるでしょう。当然です。今の常識からすれば。
>もはや一般常識ではとても考えられないと思います。

たくさんさんは、なぜこう思われるのでしょうか?

>いずれも全てが「広宣流布」の為、仏法を広める為

では、今の常識からかけ離れたものが「広宣流布」されるには、皆『非常識』にならないといけないですね。
「桜梅桃李」 人は千差万別であるが故に、色取り取りの素晴らしさがある。文化を越え、宗教を越え、語り合い認め合うことができる時代ですよ。閉ざされた世界に篭っていては、見失うものが多い様に思います。

現在も、2世3世で悩み苦しんでおられる方は数知れません。今、たくさんさん達活動家が社会に与える創価学会への評価は、いずれ創価の世界で生きるあなたのお子様が背負うことになります。その事を忘れないでくださいね。

ご自分の幸せの為だけであれば、宗教団体など必要ないですよね。皆で支えあい、道を外れる人がいれば連れ戻し、たとえ相手が幹部であろうと誰であろうと「悪いものは悪い」と指摘することができてこそ、真に幸福を生む団体となるのだと思います。

ご興味があれば、今後も記事をお読み頂き、感想を寄せてください。
でも、池田大作の賞賛はNGデス。ごめんなさい。
Posted by ミル at 2009年08月24日 10:11
ミルさん、ありがとうございます。ミルさんの組織論、賛成です。たった数十年前、日本は国教を神道とし、鬼畜米英、B29を本気で竹槍で落とそうと思ってた。これが当時の一般常識だったと。戦争反対など唱えれば国ゾク。必ずしも常識が正しいとは限らない。時代によって常識は変わる。かといって俺達は正しいんだと常識を無視し突っ走るのはどうかと思いますが今の創価学会がそのもの。かつての大聖人がそうだったように。池田名誉会長も高齢です。数年後には亡くなります。現時点で死亡説はありますが。アンチのみなさんは胸クソ悪いとは思いますが、初代〜三代の精神が継承される限り学会は消えてなくなることはないと思います。濁悪の末法、非難、中傷の嵐は当然起こる。御書にあります。この御書も都合のいいように解釈しやがって、と言われればそれまでです。文章力もなく想いの半分も表現出来ないような気がします。みなさん本当に価値ある人生を、幸福とは何かを真剣に考えている方々だと思います。勝手な愚見ばかりですみませんでした。
Posted by たくさん at 2009年08月24日 12:14
すいません、お初です。

学会2世の幹部すこしかじっての非活です。

たくさんさん、お願いですからお子さんを入会させないでください。

入会させるならお子さんが判断できるまで待ってください。

私は2世ですが、心は二十三年間無宗教です。
私は生まれてからすぐ入会されてしまったのですが、成人まで待ってくれていたら絶対に入会しませんでした。
脱会だって簡単にできません。
入会は待ってあげてください。こどもの信教の自由を守ってあげてください。
たくさんさんの背中をみて入会したくなるかもしれませんし、学会の考えに合うこどもなら、自主的に入るでしょうし、入会してなくても勤行や会合にも参加させることだってできるはずです。
入会だけは待ってあげてほしいです。

ブログ主さん、コメントお初がこんな形で申し訳ありません。
失礼しました。
Posted by ひよこ at 2009年08月24日 19:59
ひよこさん、はじめまして。
コメントはいつでも大歓迎です☆
私の文章は、やはり外からの視線になってしまうので、良かったらこれからも当事者としてのひよこさんの意見や体験をお聞かせください。
またいつでもお越しくださいね。
Posted by ミル at 2009年08月24日 20:47
ひよこさんのコメント
激しく同意いたします。

私も生まれたばかりの子供を入会(当時は入信と言ってたと思いますが)させましたが、今・とても後悔しています。
だって、票と聖教新聞の部数に入れて購読させるのと、財務の対象・・・
それだけです。

会員は池田創価にとって、独裁欲を達成する為の使い捨ての道具です!
私は活動始めてから30年以上、子供が生まれてから20年以上、組織の実態を・会員さんへの対応や要求を・その中でこと細かく見てきました。

子供たちの人生が可哀想です。
子供たちまで、池田教の道具にされては絶対になりません!
崇拝は押し付けるものではありません。
会員のおかげで生活出来てる人間が「俺を守れ!」と会員に叫ぶ・・・・
こんな狂った輩に大切な子供を近づけてはなりません!

子供は宝です。
我が命より大事です。
子供の親として、子供を守る親として断じて創価池田教に近づけてはならない!
何十年も創価の中にいて、そう思っています。

たくさん・さん
人柄が溢れてる丁寧なコメントだと思います。
ただ、ビッシリ詰めて書かず、行間を適度に空けて下さいな^^;。
そのほうが読みやすいですよ^^。
Posted by kan at 2009年08月24日 23:05
ミルさん、ありがとうございます。

kanさん、本当にそうです。組織は今では私を説得したりもしないし、幸せを願っているというよりも新聞と票と財務があれば私個人は必要ないって感じの対応です。
家族も、新聞は環境を無駄にもしたくないし、たかが千円ちょっとのお金でも裕福な家庭ではないし、汗水たらして働いたお金なので希望していないことに使ってほしくないって伝えたのに、今だに家に入れているお金からだしてとらされてます。全く読まないのに。あと二部もとっているのに。

票もなんの説明もなく、当たり前のように、誰々に入れてねって…。もちろんはいはいって聞きながら入れる人は自分で決めますけど。

こんなに会合も断り続けているのに、財務お願いされるし…。もちろんだしませんけど。新聞代だけで勘弁してくださいって感じです。しかも断ったら、悲しい顔されるんです。そんな顔見たら何も悪いことしてないはずなのに、罪悪感がでてきてしまうのです。

本当に二世をつくることは、こどもの気持ちや思考をばかにしてると思います。
親はそんな気持ちでは入信させないでしょうけど。
組織側は完全にこどもを人として認めていない。
赤ちゃんにだって権利はあるんです。
学会の本や新聞で、子は宝とかこどもについて語っているのを見ると、悔しくなります。

長文失礼しました。あまり、こんなこと話せる人がいないので、もやもやしていた気持ちを書いてしまいました…
Posted by ひよこ at 2009年08月25日 16:59
ひよこさん、こんばんは。

>赤ちゃんにだって権利はあるんです。
ホントにそうですね。
学会員である前に、ひとりの親として、たとえ赤ちゃんでも、その意思と権利を尊重すべきだと思います。

そして、創価学会は、ひよこさんの様に苦悩する2世3世とキチンと向き合うべきですね。
それは、幸福を提唱する宗教団体として最低限の義務だと思います。
Posted by ミル at 2009年08月25日 23:05
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/31463045

この記事へのトラックバック