2009年06月07日

釈迦を越えた池田大作

一昨日、創価の役員Aさんにお会いした。
以前にも一度お目にかかっている方なのだが、最近ひとりで煮詰まっていたので、Aさんに連絡を取り、話を聞いてほしい旨お願いしたところ、学会活動でお忙しい中、時間を割いて下さった。
やはり、創価の事は創価学会員に聞くのが一番手っ取り早い。

私は、身近に創価の話を出来る人がいないので、Aさんは心置きなく創価の話が出来る貴重な方だ。それに、学会員オーラが強烈ではないので、割と何でも話しやすい。
・・・まぁ、私は誰にでもポンポン物を言うから、Aさんがどう感じておられるかは分からないが、今のところ怒らずに聞いて頂いている。有難い事だ。

Aさんとのお話で考えがまとまった部分を、昨日の記事(『一家和楽の信心』 と 『広布基金(財務)を考える』)にアップした。

今日は、もう1点気になったところを書いておこうと思う。

Aさんとこんなやり取りの場面があった。

ミル:「池田さんの師弟不ニって、結局“自分を守れ”って事でしょう?指導者として自分が信徒を守るべきなのに、自分を守れっておかしくないですか?」
Aさん:「私達が、ちゃんと出来てない(守れていない)からそう言っているんだと思います。“お前らそれで大丈夫なんか?”と心配しているから、ハッパをかけているのだと思います。」
ミル:「これだけ多くの学会員が学会活動にのめり込んでいるのに、それでもまだ“守られていない”と思うなんて、なんちゅうエゴや。」

それから、こんなやり取りも。

ミル:「なぜ、親としての責任を放棄してまで学会活動にのめり込んでしまうんでしょう?」
Aさん:「為そうとしているコトの大きさが・・・」(←私が遮った気がする)
ミル:「大儀の為には家族を犠牲にしてもやむを得ないという事ですか?」
Aさん:「そうなってしまっていますね。」

いつだったか、創価批判をする私に、彼が言ったことがある。
「みんな、創価学会員である前に、ひとりの人間やねんから。」

そう、その通りだ。私も全く同感だ。
けれど、現実は「ひとりの父親・母親である前に、創価の為の(もしくは池田サンの為の)創価学会員」となってしまっているではないか。

当たり前だが、Aさんの考え方はとても「創価学会流」だ。
Aさんは、他の学会員さんの様に、無闇に「池田センセイ」を連呼したりしないが、言葉の端々に池田サンの存在の大きさを感じた。

学会員にとって、池田大作は釈迦を超えているのだと思う。

私の「仏教は釈迦のものであって、日蓮のものではないでしょう?」
という指摘に、Aさんはこう答えた。
「けれど、末法には釈迦の教えも通用しないんです。」

あぁそうか、と思った。
池田サンも釈迦仏教を完全に否定している。

「折伏経典」より
「釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない」(P63)
「われわれは釈迦仏法に縁のない民衆であることを知らねばならない」(P65)
「日蓮聖人が末法の御本仏であらせられる」(P67)
「釈迦等のとうていおよぶ分際ではない」(P316)
「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日には全く力はない」(P93)
「この大御本尊を拝む以外に末法の衆生は基本的に幸福になれないのである」(P70)
「釈迦仏法など立てるのは去年の暦と同様で役に立たないしろものである。これを使用するから生活に破綻をきたすのは当然である」(P303)
「俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に不具者ができたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては発狂する者ができたりして〜」(P321)


「私は、日本の国王であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」

気分が悪くなる。もう、ため息しかない。
創価には、釈迦も、仏教も、法華経もない。池田大作が全てなんだ。

末法は、その時期・意味に諸説ある。詳しい知識がないのだが、私は、現代を「釈迦の教えが通じない世」だとは思わない。
創価が仏教的思想からかけ離れているのは、彼らが釈迦を捨ててしまっているからなのだ。
そんな人達に、いくら釈迦の言葉や寛容の心を伝えてみたところで、受け入れられないはずだ。

妙な納得を得たところで、しばらく創価から離れようと思う。
ここ数日、いろいろ考え過ぎた。

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posted by ミル1000 at 16:45| Comment(19) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
何故、池田先生が世界中からこれだけ讃えられるかわかりますか?
かつての冷戦時代に中国と日本を結び中国とアメリカやソ連(当時)を結び不安定な世界情勢を転換することに大きな貢献があるからです。
一民間人でありながらこれだけの働きをした人物は世界にいません。
もし、先生がいなかったら日本の運命も世界の運命も大きく違っていたでしょう。 この意味で日本人はおろか世界中の人が救われているのです。
このことは名誉称号などの受賞の辞でも相手方からよく指摘される事実です。

この殺伐とした時代の中でこれだけ世のため人のために時間を割いて献身的に活動してる団体がどこにあるでしょう。 組織の中で家族や仕事を放り出してまで活動するように促していることなど全くありません。 現に私自身、いろんな理由で仕事についていない青年部などにはどんな理由があっても仕事をするよう厳しく言ってます。 信心も一流、仕事も一流が今も昔も変わらない学会指導です。

先生の指導通りに頑張って来た人は私の周りでも一人ももれなく境涯革命されています。
Posted by ルッキー at 2009年06月08日 11:15
日蓮聖人というお方は、釈迦の本意とは何かを生涯を通して求道された方です。その中で法華経の教えに行き着いたのですから、その釈迦の説法を否定することは日蓮聖人を否定する事になりますね。
池田さんの目的は↑世のため人のためではなくつまりは「最高権力者」であることは明らかですね。
Posted by 妙 at 2009年06月08日 11:42
ルッキーさん、
今回頂いたコメントは削除しませんが、以後コメントはご遠慮くださいね。
池田センセイが大好きなのはよく分かりますが、私とは歴史認識、人物像の捉え方が根本的に違うので、話が噛み合わないんです。
対面であれば色々お話できる事もあるのですが、私のブログでこれ以上あなたの持論を展開するのは控えてください。

ひとつだけ、「この殺伐とした時代の中でこれだけ世のため人のために時間を割いて献身的に活動してる団体」は、どこにでもあります。活動規模の大小の問題ではないでしょう?善を成す心の問題ではないのですか?あなたのコメントを読む人は、小さな善意を見落としているあなたの狭い心を創価の心だと取り違えてしまいますよ。
創価の彼も、そんな傲慢な事は決して言いませんでした。
時代はいつも幸と不幸を織り交ぜながら流れているものです。感謝の気持ちで見れば、今の時代にも素晴らしいものがたくさん見えて来ると思います。
信仰を大切にされる気持ちと同じ様に、虚栄や傲慢を語る前に謙虚さでご自分を省みる事も大切にしてください。
Posted by ミル at 2009年06月08日 11:54
ルッキーさん、
もうひとつ思い出したので・・・
創価役員のAさんに教わった事です。
>信心も一流、仕事も一流
ではなくて、池田サンは、
「信心は一人前、仕事は三人前」と言ってるそうですよ。
これ、同じ意味ではないですよ。
Posted by ミル at 2009年06月08日 13:14
妙さん、こんにちは。

創価は迷走してますね。お釈迦様がこんなに貶められているなんて、言葉を失います。人は長年権力の座にいるうちに、権力に呑み込まれてしまうのでしょうね。
最近、核実験のニュースでよく北朝鮮の映像が流れていたでしょう?
あれ、私が学会の会合で見た映像に本当によく似てます。
Posted by ミル at 2009年06月08日 13:24
思うのですが・・・
コメントは管理者の承認制にされたほうがよくないですか?
もちろんミルさんも、よく考えられて今のコメント状況にされたのだとは思いますが、ルッキーさんはまだ一応丁寧な言葉を使われてますが、汚い言葉を使う輩も来ると思います。

>一民間人でありながらこれだけの働きをした人物は世界にいません。

この働きとは寄付のことです。
これだけの寄付をした人は世界にいません。
これが正解です。

横目で変な冷やかしではありません。
池田氏は貢献などという具体的な行動は全くしていませんし、学術的に何の専門知識も持ち合わせていません。
極めて優れたアジデーター能力でならし・カリスマ性を高め・宗教を利用してるだけです。
学術的な能力は皆無ですし、品格も最低です。
おそらく、彼に近い幹部は理解してると思います。
でも地方の職員幹部や末端会員さんは仏様のように思ってる人もいると思います。

>先生の指導通りに頑張って来た人は私の周りでも一人ももれなく境涯革命されています。

これは嘘です!
私の周りでそんな人は一人もいません。
末端の会員さんたちは、陰でおかしいんじゃないの・・と呟いてます。
でも、しがらみもあり怖いので言えないだけです。
何十年も活動してきて不幸になってる・・・えっ???
そういう事実があまりに多いから会員さんたちが戸惑うのです。

私は30年真面目にやってきて、それで体験して言ってるんです。周囲を困らせる為の嘘なんて言いませんよ^^;。
事実を申し上げてます。

昨年、福岡で母親が小学生の我が子を絞め殺したのも熱心な学会の婦人部。先月愛知で親子で殺された事件も被害者はバカ安い賃金で聖教新聞を配達する熱心な会員さんです。
外部はみんな知ってます。
我が子を絞め殺す人間になる為に創価学会に入ったわけじゃないでしょうし、殺される為に池田の信心に熱心だったわけじゃないでしょう?
福運?功徳?宿命転換?
聞いて呆れます!

私の妻は学会にのめり込んで仕事はしないし、家事は後回しですよ。
学会はモノを買わせ、寄付を募る。
家計費が足りなくなる。
サラ金に手を出す。
その借金が300万円です。
このままじゃ家が潰れる!

子供の教育費を回し、ちゃんとした金融機関から借り入れて5年かけて返したけど、子供の教育費は吹っ飛びました。
組織は利用するだけです。
池田氏は会員を食い物にするだけです。

そいうえば、富士宮市の墓苑開発に反対する中心者をヤクザを使って鎮圧したこともあったですね。
ブルドーザーで反対派の家に突っ込んで、片腕を切り落としましたね。
このことも、いろんな本に活字化して載ってる。
外部の人達のほうが、そういったことを知ってますね。
私はこの組織は10年、いや、5〜6年位かなぁ・・・
活動が抑えられる気がします。
もう会員さんたちの苦悩は限界に近いと思います。

Posted by kan at 2009年06月08日 23:06
すみません、追伸です^^;。

「美」・「神」・「善」・・・「魔物」・「媚薬」・「陶酔」
前者が健全なのは誰でもわかりますが、魅かれるのは後者なのです。
お酒やタバコもそうですが、それはまだ罪ではない。
そして麻薬などもそうです。
もっと怖いのは思想です。

幸せになれるよ!
君たちは幸福王者だ!
不幸な人ほど幸せになる権利がある!
師と共に幸福の道を!
今や世界が創価を賞賛してる!

生きてれば誰でも悩みや苦悩はあります。
そんな中で、そういった陶酔の言葉を繰り返し聞かされたら・誰でも魅かれて行きます。
そして、それらしい体験を見聞きさせる。
まさに「媚薬」です。
心が現実から離れ、快感に酔います。
魔王の麻薬なのです。

なので、どんどんお金と時間をつぎ込む。
それで現実が崩壊した人達がいかに多いか!
それでも、人は今よりもっと幸せを!と望む。
そして、そんな陶酔を与えてくれる魔物に魅かれて行くのです。
ルッキーさんもウチの妻も、やはり犠牲者ですね。。。。

「創価学会被害者の会」
このHPに池田氏が膨大な寄付をして賞を贈った組織がアクセスしてます。
寄付が欲しいから余計なことは言いませんが、冷静に見てる海外の組織も多いですね。
Posted by kan at 2009年06月09日 00:05
kanさん、
コメントありがとうございます。

ご心配頂いたコメント欄ですが、当面はこのままでいこうと思っています。学会員さんのコメントは、熱が入るとひたすら創価と池田さんの正義を繰り返すので、そういう時は削除して、禁止IPに登録してしまいます。ルッキーさんも以前この処置をしたのですが、今回は違うPCから書き込みされた様です。自分のコメントを削除された時点で、私の意図を汲み取ってほしかったのですが、ハッキリ言わないと分かってもらえない様なので、上記の様な前置きをした訳なのです。禁止IPの登録は然程手間ではないので、当面はこの方法で対処していこうと思います。

それに、ルッキーさんの様なバリ活さんのコメントに、kanさんの様な未活さんが冷静沈着に指摘をされる図は、私みたいな部外者がヤイヤイ言うより、ずっと核心を突いているし、意味があると思うんです。バリ活さんが、何かに気付くキッカケになって、一人でも二人でも、バリ活から未活or退会の選択をしてくれたら、と願ってます。

私も、創価学会は確実に衰退していくと思います。インターネットが益々主要メディアとなっていく中で、創価の情報隠蔽は限界になってくるでしょうね。バリ活さんの目にも、創価にとって都合の悪い情報がどんどん入ってくるのではないかと思います。そして、バリ活さんだけではなく、一般人にも創価学会の実態が広く認知される事になります。数年のうちに、必ずそうなってくると思います。
Posted by ミル at 2009年06月09日 10:00
ミルさんそうですね。
オウムのビデオにもよく登場してましたね。
Posted by 妙 at 2009年06月09日 14:50
 ミルさま、はじめまして。

 別記事では拙ブログの記事に言及していただき、深謝いたします。

 問題の「釈迦を越えた池田大作」ご自身の発言によりますと、『法華経』(もちろん釈迦の教え)とゆーのは、「特に末法という濁世の衆生」のための教えが説かれた経典なんだそうです。


───────────────
法華経では「一切衆生の成仏」が仏の一大事因縁、すなわち、仏がこの世に出現した、最大で究極の目的であると説かれている。滅後の衆生、特に末法という濁世の衆生を救わなければ、その理想は叶えられない。だから滅後の衆生のための教えを仏が説かないはずがない。そのための慈悲の経典が法華経です。

(池田名誉会長のご発言、池田大作他『法華経の智慧』第一巻、聖教新聞社、1996年、pp. 62-63)
───────────────


 なので、Aさんの「末法には釈迦の教えも通用しないんです」説は、「釈迦を越えた池田大作」が、すでに10年以上も前に否定した説であって、創価学会内部ですらもう通用しないんです。以下を参照。

  創価学会は「生命の変形の被害者」と「釈迦仏の御敵」の集りか?
  http://fallibilism.web.fc2.com/z018.html

 ちなみに、その『法華経』には、教団に対する物質的な供養なんて必要ないって書いてあるんですけども。


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『法華経』の中に、部派教団との厳しい対立、緊張関係を見いだすことはそれほど難しいことではない。たとえばサンガ(仏教教団)に対する供養の否定という思想も見られるほどである。分別功徳品第十七には、「善男子、善女人よ。私のためにもはや塔寺を起てたり僧坊を作ったり、四事(衣服・寝具・飲食物・医薬)をサンガに供養する必要はない。なぜならば、この善男子、善女人が経典(『法華経』を指す)を受持・読誦するなら、すでに塔を起て僧坊を造立しサンガを供養したことになるからである」と述べている。『法華経』の信仰者はすでにサンガへの供養をしたことになり、改めて物質的な供養を必要としないという、見方によってはきわめてラディカルな思想を説いている。

(菅野博史『法華経入門』〔岩波新書(新赤版)748〕、2001年、p. 50)
───────────────
Posted by Libra at 2009年06月10日 00:48
Libraさん、はじめまして。

Libraさんのサイトは、リンクを辿ってお伺いしました。
私の方こそ、参考にさせて頂いた事、遅ればせながらお礼申し上げます。
今回コメント下さった事にも、本当に感謝します。私に不足しているものを、あまりに的確に補って頂いたので、コメントを読んだ時、寝ぼけた頭が一気に覚めました。
その勢いで新しい記事を書いてしまいました。
またご指摘頂ける事があれば、よろしくお願いします。
Posted by ミル at 2009年06月10日 16:10
 ミルさん、これからもよろしくお願いします。

 もっとも、わたしなんて、全く何の役にもたちませんけど。
Posted by Libra at 2009年06月11日 00:22
Libraさん、
私の方こそ、よろしくお願いします。
Libraさんに頂いたコメントは、私にとって「目からウロコ」でした!素人解釈で申し訳ないくらいです・・・。これからも参考にさせて頂きます。
Posted by ミル at 2009年06月11日 16:21
 「教団に対する供養なんて必要ない」って法華経に書いてあるってゆー話について、自分のブログのコメント欄に少し補足しておきました。参考にしていただければ幸いです。

http://fallibilism.blog69.fc2.com/?mode=m&no=24&m2=res
Posted by Libra at 2009年06月12日 17:27
Libraさん、ありがとうございます。
早速、拝見しました。
大体の意味は理解できたと思います。(多分)

思い立ってSOKAnetで『法華経』を検索してみましたが、「分別功徳品」については解説されていませんでした。

学会の会合等で「法華経」を勉強しているとも思えませんが(座談会を見に行った時は「大白蓮華」をチョロっと読んでたくらいで、御書もほとんど勉強しないと聞きました)、池田サンと学会員サンの『分別功徳品』の解釈を聞いてみたいものです。
Posted by ミル at 2009年06月12日 19:45
 いちおう念のために補足しておきますと、菅野教授は創価大学の教授で、東哲の研究員でもあります。

 東洋学術研究の最新号でも、法華経と釈尊の思想の関係を論じられていましたが、とくに目新しいご主張はなかったようにおもいます。
Posted by Libra at 2009年06月14日 13:11
Libraさん、こんにちは。

創価大の教授だったんですか。では創大では講義されている内容なのでしょうね。とは言っても、学会員の多くは知らない事だと思いますが。
Aさんは創大ご卒業と伺っているけど、ご存知なのかな?
分別功徳品のご自身の解釈を前提として、学会の財務をどう位置づけ捉える事ができるのか、菅野教授がもう一歩踏み込んで言及して下さるといいのですが。
Posted by ミル at 2009年06月14日 13:50
 ミルさん

 菅野教授のご専門は、中国における『法華経』の注釈書の研究です。以下を参照。

  http://www.soka.ac.jp/dept_grad/grad/research/teachers_jinbun04.html

 菅野教授が創価大学で担当されている講義のだいたいの内容は、以下の「WEB講義要項」から知ることができるとおもうのですが、今は調べる時間がありません(これから仕事なので)。

  https://plas.soka.ac.jp/csp/plas/syllabus.csp

 菅野教授が「分別功徳品の思想」と「学会の財務」の関係について自発的に言及されるということは期待しにくいでしょうね。もっとも、誰かがちゃんと質問すれば、菅野教授もコメントせざるをえないとは思いますけども。
Posted by Libra at 2009年06月15日 05:27
Libraさん、
情報提供ありがとうございます。
創価大のサイトをざっと見ましたが、私には、さすがに講義の内容までは推測できないです。(^_^;
ドクター課程を多く担当されている様ですね。
このコメント欄を見た創大の学生さんが菅野教授に質問して、教えて下さると有難いのですが。。。
Posted by ミル at 2009年06月16日 19:12
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