2009年05月14日

ポイ捨て

GW中に友達に誘われて、『フジコ・ヘミング』のピアノコンサートに行った。私は、幼少期から二十歳頃までヴァイオリンを習っていたので、クラシック音楽に割と馴染みがあるが、ピアノのソロコンサートは初体験で、『フジコ・ヘミング』 という名前も「聞いたことあるな〜」程度だった。

オフィシャルサイト 【INGRID FUJIKO HEMMING】 に、こんな事が書かれてある。

(引用)----------------->
公演活動で多忙を極める中でも、米国同時多発テロ後の被災者救済のために1年間CDの印税を全額寄付を決定や、アフガニスタン難民のためにコンサートの出演料を寄付したりと、人を愛し人を支援し続ける事を忘れないのも彼女の人間味溢れる魅力のひとつで、その優しさは猫や犬をはじめ動物愛護への深い関心と援助を長年続けていることにも現れている。
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今回の公演もチャリティーコンサートで、私も僅かばかりの寄付をさせて頂いた。

タイトルと全く関係のない様な書き出しとなったが、人を助けること、いきものを愛すること、自然を保護すること、どれも生命に対する慈しみの表れで、何かひとつを切り離して考えることはできないと思う。

「ポイ捨て」は、彼が私の目の前でやった。それも、3度目だ・・・。

1度目も2度目もメチャメチャ怒った。
人間として当然のマナーも守れないくせに、何が仏教だ。
「創価は素晴らしい」だの、「世界の平和」だの言う前に、自分が捨てた吸殻を誰が掃除するのかを考えた事があるのか。
創価は、そんな基本的な生き方すら学べないところなのか、と。

兎も角も、私は彼の「ポイ捨て」を2度見逃した。
それ以後は、そのサイテーの行為を目にする事はなかったのだが・・・。
彼は、意外にあっさりと「地雷」を踏んでくれた。

彼は犬が好きで、連休中に何度か、私のワンコと一緒に散歩に行った。
ワンコも喜んで、元気に走り回っていたし、彼もそんなワンコを見てとても楽しそうだった。
そんな絵に描いた様なひと時をブチ壊してくれたのが、彼のポイ捨てだ。

私は、彼にこう言った。

「意識レベルが低すぎると思う。これは、もう人間性の問題なんかな。
これまで、創価学会を含め、自分の周りにその行為を注意してくれる人はおらへんかったん?
むしろ、同じ愚行をする人達ばかりとしか思えへん。
『心がける』というレベルの問題ちゃうで。
やらへんのが『当然』やねんから。」

少なくとも、創価という「教育組織」の中で、彼が最低限の生活マナーすら身に付けていないことは、確かだ。
創価の親友についても然り。
モラルある人間で友人を想うなら、そんな愚行は止めさせているはずだ。
人迷惑を顧みず、強引な勧誘や法律に触れる選挙運動を繰り返す学会員に、社会的モラルを求める方が無駄か、とも思うが。

「仏の顔も三度まで」とはよく言ったもの。
彼との付き合いは、当然考え直すべきだろうな・・・。
   
posted by ミル1000 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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