2009年03月26日

私の全身が学会を否定する

昨日の晩、やってしまった。
彼に、ブチ切れてしまった。

今週末、本部長サンに会う段取りをつけてもらっていた。
メールで夜中0時前にやり取りをしていたが、メールが面倒になったらしく電話がかかってきた。

本部長サンは、「21時に会いましょう」とのこと。
私は、せっかく時間を割くのであれば、ゆっくりと話をしたいので、
「初対面の女性に会う時間でもない気がするけど・・・。
 無理に時間作ってもらわなくてもいいので、お忙しいならまたの機会で
 いいよ。」と彼に返してみた。

ふと、彼に伝言役をさせるのも申し訳ないと思い、
「自分で本部長サンに伝えようか?」と聞いてみる。

すると、「じゃあ、電話かわろうか?」と言う。

え!?そこにいるんかい!?この夜中に!?
何の為に!?何してるの!?


学会員が時間に無頓着な傾向があるのは、ご近所さんの座談会や
ブログなどを見聞きして知っていた。

この人達も例外じゃない。
じわじわと怒りがこみ上げてきた。

彼は、仕事柄、朝が早い。
それを知って、本部長という立場の人が、夜中に会員宅を訪問する。
創価学会という組織は、それが許される。彼自身が受け入れている。

彼はひとり暮らしだから、誰も文句は言わない。
こうして、離れて暮らす彼女の逆鱗に触れるくらいだ。

だが、学会員と結婚したパートナーは、こうした日常の非常識に苦しむ。
学会の常識が、共に暮らす、愛する人を追い詰めているのだ。

湧き上がってくるのは、言い様のない、強烈な拒絶感だった。
私の、全身が、創価学会を拒否し、否定していた。

キツイ言葉で彼に問い質した。
こんな時間に何をしなくてはいけないのか、と。

私は、いつも厳しい言葉で彼のダメなところを指摘してきた。
事実、彼は、生活習慣も、生計も、健康管理も、何を取っても一人前に
できていなかった。
男として、「頼りない」としか言えない。

それでも、部長さん達は、「頑張ってるよ」、「変わってきているよ」
と彼を煽てる。
だから、尚更、私の言葉は刺々しくなってしまったのかもしれない。

彼は、「言葉の暴力」だと言った。
そうなのだろうか・・・。
彼がそう感じるのだから、間違いなくそうなのだろう。

批判を受けることで強まる仲間意識、無責任な共依存、閉ざされた世界での安息、「学会が正しい」というたった一つの強固な思考、

これが彼の選択なのだ。
彼が自分の為に選んだ宗教なのだ。

もう無理かもしれない。やっぱり無理かもしれない。
彼に偉そうな事を言いながら、一向に大人になれない自分を自覚して
いる。 情けないと思う。

でも、それでも、私の身体の全てが、創価学会と、彼を、否定する。
posted by ミル1000 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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