2009年03月13日

批判に耳を傾けるということ

創価学会について調べていると、しばしば「思考停止」という言葉に
出会う。

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「思考停止」とは、そのままの意味だと「考えるのをやめること」である。
我々は日々の生活の中で驚くほど「思考停止」している。

例えばテレビニュースを見ていてキャスターのコメントに納得してしまった時。
これは、相手の考えに迎合し感心しているだけなのに、自分も同じ考えを持ってしまうと「考えるのをやめている」のである。

同じくキャスターのコメントに納得できず怒りを覚えてしまう時。
これは、相手の考えが自分の考えと違うことを許容することができない状態。
自分の固定された考えを変化させることができず「考えるのをやめている」のである。

思考停止してない状態とは、コメントの内容を咀嚼し、そういう考え方もあるということを理解し、新たな自分の考えに吸収させる状態だ。
<-------(ブログ『創価学会の彼女との関係』より)


彼と創価学会について話をする時、正にこの「思考停止」の状態に陥っている様子が手に取る様に分かる。

「思考停止」と言うより、幽体離脱でもしているのかと疑いたくなる。
黙って私の言葉を聞くが、ただ右から左に流れていくだけで、無意識の
うちに理解することを拒絶している様に感じる。

最近心配になり始めた事は、 学会にいかに矛盾があろうと、
嘘をついていようと、非人道的な行為があろうと、
彼にとっては「問題外」なのではないか、
という事だ。

学会の「悪」を認めた上で、尚学会に尽くそうとするならば、私にできる事は残されていないのではないだろうか。

ともあれ、毎朝、顔も洗わずに勤行する彼にひとつ忠告をしておいた。

「お寺にも神社にもお清めの水があって、お参りの前には手を洗って口を
 ゆすぐでしょ?
 顔も洗わずにご本尊に向かうなんて、必ず罰が下るよ・・・。」

学会が「日顕宗の坊主」と言って中傷している大石寺の僧侶の方々は、
もっと自分を律し、礼節を重んじていますよ。
posted by ミル1000 at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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