2009年02月18日

勝負に勝つということ

学会の会合と聖教新聞を見て印象に残ったことのひとつに
「勝負に勝つことへの拘り」 がある。

なぜここまで「勝つ」ことに重きを置くのか、
なぜここまで「勝ち続ける」ことを声高に叫ぶのか、

私にはとても不思議に思える。

学会の叫ぶ「勝利」とは何なのだろうか?
学会員がお金持ちになることなのか?
折伏や新聞啓蒙の目標を達成することなのか?
日蓮正宗やマスコミとの裁判に勝つことなのか?
公明党が選挙に勝つことなのか?

「現世利益主義」の学会(員)にとって、「勝つ」=「幸福」である事は、分かる気がする。

しかしこの様な俗世の勝利への拘りは、単に欲と権力に執着しているに
過ぎないのではないか。

池田氏は、今回の会合の中で
「仏教の教えとは、証拠主義、結果主義だ」
と言っている。

一般人であれば、誰もが思わず「はい!?」と突っ込みたくなるセリフだ。

大切なのは、結果ではない。そこに辿り着くまでの過程で得るものだ。
「勝ち負け」が問題なのではない。
人は「負け」から学ぶことの方が多いのだ。
挫折、苦悩、悲しみ、失敗を何度も繰り返して、人は本当の幸せ、喜びを知り、成功と勝利の意味を知るのではないか。
個人であろうが、団体であろうが、勝ち続ける必要などない。
いや、不完全な人間の集まりなのだ。そんな事は不可能だ。
寧ろ、自らの負け、弱さ、未熟さを素直に認める勇気と強さこそが必要なのだと思う。

池田氏は、更に「永遠を見つめる時、今世の小難など云々」という様な事も言っていた。
その小難に対して、一々裁判を起こして言い争っているというのに。
本来、宗教団体たるものがここまで裁判にのめり込み、俗世の権力にその正しさの証明を求める必要があるのか。
  
posted by ミル1000 at 17:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
創価をいわゆる宗教団体と考えるのは半分まちがえですよ。創価は宗教法人を核とする世界融合促進NGOですよ。池田氏自体も世界市民池田大作というタイトルで本を出版しているようだし創価の目標は世界中に世界市民を量産して世界融合させることですよ。昔ながらの宗教的側面からみていると創価の行動は理解できませんよ。
Posted by Q3 at 2009年02月19日 22:02
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