2009年09月06日

偉人の七光 【トインビー編2】

講談社G2
講談社から「ノンフィクション新機軸メディア『G2』」という雑誌が創刊された。
創刊号に矢野絢也氏が「池田大作創価学会名誉会長と私」という手記を寄せている。(←ネット上で閲読可決定 是非ご一読あれ。


さて、前回に引き続き、A・トインビー博士の孫娘ポーリー女史の手記「The Value of a Grandfather Figure」(1984/5/19 英紙『ガーディアン』掲載)を読み進めてみよう。

ふうふうさんの<2.ポリー氏のヒロシマ観>には、「ポリー氏にとって、ヒロシマの記念公園は、実に『鼻持ちならない』場所」だと書かれている。

ポーリー女史自身が、"Hiroshima is an uncomfortable place."(居心地の悪い場所)と書いている様に、彼女が「広島」を単なる「平和の象徴」と受け止めなかったのは確かだ。
ふうふうさんは、このことを同女史の「反平和的思想」に強引に結びつけているが、最も重要な部分をすっ飛ばしている。(恐らくは意図的に。)

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always peace. It is one of the Soka Gakkai's themes, peace in men's hearts, peace across the nations, the brotherhood of mankind and so on.
(どこに行っても「平和」だ。人々の心の中に平和を、世界の国々へ平和を、人間同士に友情を等々、「平和」は創価学会の常套句のひとつなのだ。)

The Soka Gakkai takes its peace mission round the world, often accompanied by an exhibition of horrific photographs from Hiroshima, which is used as a powerful recruiting aid.
(創価学会は、頻繁に広島の悲惨さを訴える展示会を開きながら、世界中を廻って平和を説いているが、これは新会員を集める手段として、大いに利用されている。
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つまり、ポーリー女史は、創価学会の平和利用を鋭敏に見抜き、学会のやり方に嫌気がさしていたのだ。

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It was then, at yet another banquet in Hiroshima that we lost our temper.
(広島でのある会食で、私達はついに堪忍袋の尾が切れた。)
We told them what we felt about the Soka Gakkai and Mr Ikeda's style of leadership.
(私達は、創価学会と池田氏の指導の在り方について、私達の考えを告げた。)
Our hosts were horrified and tried to smooth it all over and pretend the words had never been uttered.
(すると、会食の主催者達は恐れおののき、その場をなんとか取り繕い、私達の言葉を最初から聞かなかったかのように振る舞った。)
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くだらない会食にばかり付き合わされ、まともに対話もできない相手に、ポーリー女史がどれだけストレスを溜めていたかは、想像に難くない。
その怒りを爆発させた場所が「広島」だったわけだ。


ポーリー女史の歴史観については、"the marauding forces to Burma, Singapore, China, Korea" (ミャンマー、シンガポール、中国、韓国への侵略)というフレーズを見ても分かる様に、寧ろ、創価学会・公明党や日教組・民主党が大歓迎する思想だと言える。
しかし、1984年当時は、大東亜戦争に関して、まだ十分な情報公開がなされていない。
アメリカやイギリス、ロシアといった国々からこれらの情報が公開され始めたのは1990年代に入ってからである。
1995年、アメリカで公開された「ヴェノナ文書」や、ブレア政権以後のイギリスが公開し始めた情報史料は、日本がいかにして「彼の戦争に引き込まれたか」を証明する重要な情報として注目されている。


ちなみに、"horrific"の和訳は、前後の文脈からしても「悲惨」と訳して特に問題ない。「恐ろしい・凄惨」などでもいいと思うが、ふうふうさんの「おぞましい」は主観的意訳であり、「薄気味悪い悪趣味」までいくと、これはもう妄想が行き過ぎていてお話にならない。

(偉人の七光 【トインビー編おまけ】へつづく)
posted by ミル1000 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記