2009年08月27日

矢野絢也氏から話を聞く会

少し古いが、お気に入り登録していたiZaの記事よりご紹介。

■矢野氏から話を聞く会(1)
青年部のトップ5人からホントにつるし上げのように、極端な話『土下座せい』と(言われた)。
その明くる日、公明党のOBがきて、簡単にいうと脅し、すかし、おだて。で、挙句わたしの30年間、まあ40年間ですね。100冊の手帳をよこせと。
前後4回訪問があり、手帳や資料を家捜しして持っていった。
挙句、私が相当弱っただろうという状況で、『家を売って2億、3億の寄付をせよ』と。

■矢野氏から話を聞く会(2)
手帳を返してほしいというわけで、高裁では逆転判決、私の勝利、と。しかも、『学会が関与しておる』と。手帳強奪に。
東京高裁では明示的に、つまりあからさまに、あるいは暗示的に遠回しに学会の関与をちらつかせながら、私を威迫したと、そういう趣旨の判決文になっておりますので、学会もこの手帳強奪についてはしらん、ということは言えない。
私は、30年40年、学会とともにおり、言論妨害問題その他いろんなことを見てきたが、やはり今、創価学会・公明党はいい意味でも悪い意味でも曲がり角にきておると思っている。

■矢野氏から話を聞く会(3)
公明党の議員、池田先生が師匠であると、我々は弟子である、と。弟子は師匠のために命を投げ出してでも仕えなくてはならない。
原点の指導は、この師弟の道。これが、我々学会員の原点であり、公明党の原点ということになると思う。

宗教的価値観、あるいは宗教的排他意識、あるいはそれを憎悪心にまで転換して選挙で対立候補を貶めるということになる。
要するに宗教的価値観、つまり絶対的な価値観によって、本来相対的な価値観である政策、政治を支配していくと、それが一番恐ろしいことではないか。

陰でずっと小さくなって1人で殺されるよりは、これだけおおっぴらにやって殺された方が、これは死に甲斐もあるというもんだと思うし、今さらもう惜しいというわけでもない。

(2009/7/2 産経新聞より)
posted by ミル1000 at 20:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記