2009年08月16日

激ヤセ進行中!

今朝、体重計に乗ってビックリ目
40kgの大台を割ってしまった・・・がく〜(落胆した顔) これは大変あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
夏バテで食欲減退バッド(下向き矢印)と自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり精神的な疲れが大きいみたいだ。

13日〜14日にかけてUPした記事「公明党市議に聞いたこと」が影響しているのか、アクセス数が急増右斜め上 ブログランキングも上昇右斜め上
8/16現在、OL部門で7位(133件中)、働くヒト部門で30位(1696件中)、日記部門で295位(8211件中)。(←記念に書き留めておきたくて!)

応援してくださる皆様、本当にありがとうございますぴかぴか(新しい)
そして、ご心配くださる皆様にも心から感謝しています。

思ってもみないことだったが、自分のブログが注目されることには、嬉しい気持ちと同時に相当の緊張感が生じる。

先日、マンションの部屋に篭って記事を書いていたちょうどその時、珍しくインターホンが鳴った。モニターで確認すると、知らない男。目つきが悪い。新聞勧誘だろうと思い完全無視。5分ほどして、またインターホンが。モニターには先ほどと同じ男。モニター越しに睨み付けられている様に感じた。なぜ2度も呼び出すのだろう?部屋にいる事が分かっているのだろうか?
そう言えば、数日前の22時前後に、オートロックをすり抜けて玄関のチャイムを鳴らした人がいた。初めてのことだった。玄関先に来られるとモニターでの確認ができない。
普段は然程気にしていない事でも、疑い出せば全てが疑わしく思えてくる。

私が創価学会に関る中で、当初から一番心配してきたのは、実家に迷惑をかけることにならないか、ということ。
けれど、心配すべきなのは実家だけではなかった。
先日、ブログでチラシ配布の呼びかけをしたところ(記事は削除済)、読者のお一人から軽率な行為だとお叱りを受けた。
周りが見えていないのは学会員だけではない。私も同じだと気付いた。

もし今、私のブログで被害を蒙る人がいるとしたら、創価の彼もそのうちの一人となる可能性がある。
一昨日、彼に私の懸念を伝えた。実際に起こっている学会員と批判者の間のトラブルを話し、彼自身にも注意を促した。
けれど、彼は「創価はオウムの様なカルト集団じゃない。」と、私の話を信じようとしなかった。
思えば、ずっとそうだった。
私が裁判敗訴の事実を伝えても信じず、本部長さんが彼の目の前で敗訴を認めると、一瞬でそれを信じた。
私が公明党に関する新聞報道を伝えても、部長さんが「その記事はデマだ」と言えば、その言葉を信じた。
公明党市議Kさんの話しも「ミルの解釈の仕方が違う」と言い、Kさんの言い訳を信じた。
挙句の果てに、「ミルがネットで連絡を取り合っている人たちには気をつけた方がいい。」と言い出した。
「誰のことを言っているの?」と聞くと、
「創価を批判している人と連絡取り合ってるんでしょ?」と。

以前、ブログに書き込まれた学会員の中傷的なコメントについて話し、
「会合でばったり会って私だとバレたら襲われそう」と言ったことがある。
その時の彼の反応は、ノーコメント・沈黙だった。
けれど、私の文章に賛同し、わざわざコメントやメールで情報提供してくれたり、身辺の心配をして下さる方々には『気をつけろ』と言うのだ。

彼には、感謝している。
私のアンチ活動を承知しながら、私を会合に連れて行き、また、信頼できる人を紹介してくれた。彼の協力がなければ、このブログもあり得なかった。

けれど、彼を利用するのはもうやめなければ。
彼に「今までありがとう」と伝え、連絡先を全て消去した。
そして、本部長さんに私の心配事を伝え、本部長さんのご判断で彼に注意を促してくださる様お願いした。
「彼の為に必要とあれば記事を取り下げる」という事も伝えている。

公明党市議のKさんは、私に繰り返し言った。
「創価の信仰でなければ最高の幸せはない」
「他の宗教では、創価で得る幸福には劣る」
と。

私は何度も確認した。
「他の宗教でも幸せな人はたくさんいますよね?」
「創価の中にも、不幸を感じて、疑問を感じて脱会する人はたくさんいますよね?」


ここまでは、Kさんも納得される。
けれど・・・
「創価でも、他の宗教でも、人は幸せになれる。それを認め合って共生していけばいいのではないですか?」
これには頷いてくれないのだ。

そして、話しは振り出しに戻る。
「創価の教えでなければ、最高の幸せを得ることはできない。」と。

創価学会の人がそう思われるなら、それもいい。
けれど、他人の幸せを、あなた方はどう判断するつもりなのか?
幸せの優劣を、何をもって判断できるというのだろうか?

生命の生涯は、幸と不幸・喜びと悲しみ・苦楽が織り重ねられたもの。
この世に生まれては消える星の数ほどの生命の生き様を、「創価」という小さな小さな枠にはめて、その幸福の度合いを測ろうとする。
その行為自体が、狭く閉ざされた世界の囚人になってしまった証なのだということに、どうか気付いてほしい。


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posted by ミル1000 at 10:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記