2009年02月14日

中道の教え

ここ3年ほど時々お寺参りをしている。
そのお寺にお供養をお願いした人がいるからだ。
今日も、お参りをしてきた。

お寺に行く途中、彼との電話で、今日は学会の役員の仕事に出ていると知った。
一気に気持ちが沈み込み、泣きたくなった。
涙がこみ上げてきた。
こんな些細な事が、心に重くのしかかってくる。
彼を見守りたいと思いながら、自分の心の狭さから抜け出せない。
そんな自分に苛立ち、また涙が溢れてくる。

お寺の地蔵堂に貼ってあるポスターの言葉をいつも繰り返し読んでいる。

   この世に存在するもので無駄なものなど何一つない
   プラスになる様に、プラスになる様に考えて
   生きることが大切ですぞ


お釈迦様の教えとはいかなるものなのだろうか?
「中道の教え」という冊子が目に留まり、少し読んでみた。

   仏教の本質は中道にあります。
   中道の教えを守り、バランスのとれた生き方をすること、
   かたよらない心で生きることが大切なのです。
   中道とは、極端を避けることです。
   どちらかに属していたとしても、
   その偏向に気づき、中正に戻すことが大切です。


『解夏』 という映画を観た時に、仏教の教えに触れたと感じた事がある。
「解夏」とは、「夏安吾」を解くこと。
「夏安吾」とは、雨期の草木虫が生まれ育つ時期に、僧侶が外出してそれらを踏み殺してしまうことなない様、お寺などに篭って修行した事をいう。

映画の中では、主人公が徐々に視力を失い失明に至るまでの様子が描かれているのだが、主人公がある僧侶に、
「視力を失う時があなたの 『解夏』 です。」 と言われるのだ。

長い修行が終わる時、苦しみから解き放たれる時という事なのだろう。

仏教に限らず、宗教の教義とは、慈悲、慈愛に通ずるもの だと思う。
万物を愛し、慈しむ心こそ、宗教の目指すものではないのだろうか。

創価学会ではどうなのだろう。
明日、彼と「会合」に出席する。
彼の心に、学会の思想はどんな風に入り込んでいるのだろう。
  
posted by ミル1000 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記