2009年02月13日

人を思い遣るということ

昔読んだ瀬戸内寂静さんのエッセイに 『おもいやり』 についてこんなことが書いてあった。

   人を思い遣るということは、その人の苦しみや悲しみが
   どんなものであるかを想像し、それに共感することで
   生まれるものだ


記憶が古いので細部は違うかもしれないが、この様な意味合いの事が書かれていた様に思う。

昨晩、彼にこの 『おもいやり』 の話をした。

彼は決して悪い人間ではない。
・・・と思うが、どうも 思慮が足りない
それ故、彼の知人に対する行為が、その人を傷つけていることに気付いていない、と思ったからだ。

物事を深く考える事をしないから、人の気持ちに気付くことが
できない。

つまり、それは 『おもいやり』 がないということではないのか??

学会という組織の中で、彼は組織に甘え、言われるがままに人を信じ、与えられた職務だけをこなし、それに満足してしまっている。
断言はしないが、彼の行動を見ていると、そういう気がする。

彼には、自分の力で考え、悩み、結論を出し、行動する力がない様に思う。
その様な人間に、自分の知り得ない他人の苦しみや悲しみを理解し、想像し、共感することができるだろうか。

私に学会員である事を打ち明けた時もそうだ。
本来なら、付き合い始める前に打ち明けるべきことだ。

私にとっては 人生を左右する大問題 なのだから。

しかし、彼は自分にとって 「学会が必要不可欠なものである」 という結論を出していながら、私にとって学会員と付き合うという事がいかに重大な問題であるかという事にまで考えが及んでいないのだ。

「そこまで拒否されるとは思わなかった。受け入れてもらえると思っていた。」

という彼の言葉は、あまりに根拠のない、自分勝手で傲慢な考えではないか。

私の言葉を彼は黙って聞いていた。
彼は素直なのだ。
その愛すべき人間性を、学会という組織の中に埋もれさせてほしくない
と思う。
  
posted by ミル1000 at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記